積丹半島の付け根にあたる岩内町は、水上勉の小説「飢餓海峡」で知られていますね。
1954年(昭和29年)の洞爺丸台風で多くの犠牲者が出た時と岩内大火を結び付けて展開する
推理小説ですが、犯人が全国各地を転々と移動していて、まるで旅しているような気持ちで一気
に読破してしまったほど面白い小説でした。
その岩内町のとなりの原発で知られる泊村に、江戸時代末期の1864年に採掘が始まった茅沼
炭田があることを知り、探しに行きました。
石炭があることが発見されたのは1856年のことですから、採掘まで8年もかかったのです。
北海道で最古の歴史を誇る炭田であり、何と日本最初の鉄道(?)とも敷かれた茅沼炭田。
岩内町から日本海沿いに積丹半島西端へ伸びる国道229号線を北上し、かつて茅沼村だった
集落から山の中へ。「熊出没注意!」の看板が出ている道道342号線を内陸へ入ること数キロ。
そこで見つけた唯一の炭田跡を示すのが、この写真です。
多分ボタ山でしょう。石炭を採掘した中で、不良品を捨てた石が積み重なって山となって
いますね。

ここから鉄道馬車で、石炭を運搬したそうです。もっとも、鉄道と云ってもレールは木に鉄板を
貼ったもので、今の鉄製のレールとは別物。
岩内町のHPの歴史によると、それは1869年(明治2年)のことです。
何と、同年は箱館で戊辰戦争最期の戦いである箱館・五稜郭の戦いが行われていた年。
そして、日本最初の鉄道はご存知1872年(明治5年)9月に新橋・横浜間の開通です。
だから、ここの鉄道は幻の日本初の鉄道(?)でもあるのです。
岩内町に戻り、1985年に廃止された旧岩内線跡地を探しに行きます。
岩内線は、起点が函館本線小沢(おざわ)駅、終点が岩内駅。14.9km、全駅6つの盲腸線
です。もちろん全線非電化の単線。
現存している駅は、幌似(ほろに)駅のみ。ここの駅を探すのに苦労しました。何せナビは
現役で活躍している駅しか見つけれない。31年も前に廃止された駅は、検索しようがないの
ですから。
地図とにらめっこしてたどり着いたのが、ここ幌似駅。

尻別国道と云われる国道276号線と、道道269号線に囲まれた場所にありました。

幌似鉄道記念公園となっているので、ここでゆっくりと見学しランチタイムも。

小沢駅を出発した列車は、国富(くにとみ)駅、幌似駅、前田駅、西前田駅、岩内駅の6つ目で
終着します。
駅舎は、当時のままにキレイに保存されています。

列車は、鍵が閉められていて内部へ入ることは出来ません。

実にいい雰囲気を出している駅ですね。

地元の方たちが花壇を整備してくれていて、今がちょうど花盛り。

シロタエギクやキンギョソウなどがカラフルに咲いている。

新しい建物は、9年前の平成19年(2007年)に移設されたからなのですね。
道理で、古くない木造駅舎だと思いましたよ。

続いて、小沢駅寄りの国富駅へ。
ここには駅舎はもうすでになく、モニュメントだけが残る。

それも、鉄道ではなく国富鉱山の大煙突。太平洋戦争末期の1944年に完成し2002年まで
働いた煙突の跡でした。
国富鉱山は、金・銀・銅・鉛・亜鉛などさまざなな金属を産出していたのです。
操業開始は、1908年(明治41年)のこと。それも1973年(昭和48年)には資源が枯渇して閉山
しています。

続いて岩内線起点駅の小沢駅。

ここは、「男はつらいよ 第5作目 望郷編」で登場した駅です。
ご存じ、寅さんシリーズの5回目。義理のある親分の危篤を聞いて札幌の病院へ駆けつける。
そこで「最後に、息子に会いたい」と。蒸気機関車の機関手をしている親分の息子を探して
ここの駅まで来ますが、息子は拒否します。
小沢駅では、説得する寅さんと拒絶する息子のシーンが出てくるのです。
今は無人駅となった小沢駅の構内へ入ると、岩内線のホームが残されていた。

かつては、国鉄の駅として大勢の鉄道員がいた小沢駅。駅前商店街もシャッターが降りている
店が多く、暗く沈んだ駅前になっていました。

明日は、このあと小樽方面へ向けて函館本線各駅巡りへと出かけます。トップバッターとして
登場するのは、このブログに何度も紹介している「銀山駅」。
カルデラの外輪山の淵に駅がある、とても見晴らしの良い駅です。
そこから小樽駅の一つ手前まで1駅ずつ紹介していきます。
では、また!
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