台風が近づいてきていますが、函館は太陽が見え雨の気配は全くしません。湿度が高い
ので昼頃から雨が降り出すのかな?今までしばらく晴天続きだったから久しぶりの雨。
畑には恵みの雨になることでしょう。今は、気温も高くムシムシしていて不快指数は高い。
さて、廃止された天北線の各駅巡りの旅の2回目は、敏音知(ぴんねしり)駅跡から。
その前に、見つけた廃校跡を利用した施設。

左の、灯油のホームタンクの高さに注目して下さい。冬は豪雪地帯であることが分かりますね。
都市部の2倍の高さはあります。

敏音知小学校の跡です。校歌が記念に刻まれていて、校門も残っていました。

それにしても、立派な校舎で現在は夏季期間中のアウトドアの施設として利用されています。
付近を流れる頓別川のラフティングなどが行われています。
国道275号線の向かい側には、道の駅「ピンネシリ」があって、旧敏音知駅の跡も保存されて
いました。

ここには、ホーム、信号機、記念碑もあって、かつての天北線の跡を偲ぶことが出来ます。

となりは、キャンプ場になっていてテントも張られています。向かいには日帰り入浴施設の
温泉「ピンネシリ温泉」もあって、車中泊にも利用出来そう。

「愛の鐘」(?)もあって、白樺の木陰で一休み。この日は、とても暑くて道の駅でソフト
クリームを購入し食べる。ソフトクリームは、やっぱり北海道が最高。乳製品の本場だし、
ミルクの質が本州と違いますね。同じように見えても味が全然違います。
駅表示板には、かつての天北線の駅が描かれていました。

ここは、敏音知岳(703m)の登山口でもあり、入口には鳥居まであった。

2時間もあればのんびりと登山できそうだったけど、暑さと熊出没中の看板を見て日和ました。
やっぱり、登山するのは暑すぎる。
「暑い」という漢字は、日(太陽)が二つにプラス(+)とかける(×)わけで、二倍にアツイ意味
でしょう。もっとも、自分の勝手な解釈ですが太陽が2個あって、それが掛け算なのだからアツイ
はずです。
次の駅である周摩(しゅうま)駅跡は、バス停しかない。

敏音知岳をバックに、放牧地と牧草地だけ。人に聞こうにも人家はないし、働いている人も
いない。
続いて松音知(マツネシリ)駅を探す。バス停があったので、ここかな?

待合室やトイレもあって、ここでしょう!と思い込むが、ここから数十メートル行くと、
遠くに駅らしく建物を発見。

しかし、この草むらでは困難。特に、昨日最後に説明した背丈以上ものイタドリの群落を
越えるのは無理。そこで、遠回りしたら何とか駅舎の背後に到着。

駅の正面に周って見ると、「松音知駅」の看板が見える。

実は、この駅舎は長い間放置されていて荒れ放題だったが、それを見かねて地元の
有志たちによって保存が始まり、展示されている。

さすがに駅表示板は空だが、当時の状態でホームもレールも保存はしっかりしている。

離れた場所には、信号機もあった。

駅舎の建物には、切り替えもそのまま残っていて、地元の方たちの心意気がうれしい。
次の上駒(かみこま)駅跡は、全くなく、「北海道廃線駅跡写真集」(星雲社)を参考にして
国道と道道の交差点を写す。

この辺りに、駅があったのでしょうね。周辺を探したけど鉄道に関するものは何一つありません
でした。
今日の最後は、中頓別町の中心にあった中頓別駅。

駅は、奥に見えるバスターミナル。三角屋根の上に尖がった塔が見える。
先の写真集では、左の「まるや食堂」は営業中できれいな建物だったが、数年前に廃業
したのか蜘蛛の巣が張られ廃墟になりそうな状態だった。それに他の建物もなくなり更地
になっている場所もあって、一層寂しさが募る。
中頓別町の人口は1752人(2015年)で、5年前に比べると222人も減少していて減少率は
11.2%。5年間で、町の人口は1割以上も減少しています。
バスターミナルの2階には、かつての天北線の資料室になっていて、自由に無料で見学できる。

このような資料室は、ほとんど無料で時間が許す限り開放しています。
もちろん夜間は閉鎖されているが、バスターミナルは、トイレもあるし見学に値します。
横には、当時の客車が展示されている。

ということで、旧中頓別駅までやって来ました。いくつかは保存されていたけど、中には
跡形もなく自然に飲み込まれてしまって、鉄道の跡など探しようがない場所もありました。
明日は、オホーツク海に面した町の浜頓別町まで行きたいと思います。
道北とはいえ、夏の内陸部は暑い!30度は越えているようで、歩くのがキツイ!
でも、オホーツク海側に出ると、寒流の影響で少しはヒンヤリするかな?
では、また!
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