興浜南線は、全19.9km、興部駅と雄武駅の間に6駅がありましたが、残っているのは皆無。
駅は、跡形もなく撤去されていまいました。
1933年6月に起工され、2年後の1935年9月に開業。それも半世紀後の1985年廃止されま
した。ここは、そのちょうど中間地点にあたる日の出岬。
北西の雄武町方面を望む。

一方、こちらは南東方面で紋別・湧別方面を望む。

江戸時代の烽火台(のろしだい)跡地という、珍しいものがありました。
1790年代に蝦夷地を統治していた松前藩が、アイヌ民族が反乱を起こした「有事」の際に
通信・連絡手段として、烽火(のろし)を挙げた場所だそうです。

今のようにスマホやパソコンがない時代は、このような手段しか連絡方法がなかったので
しょうね。

岬の突端にある総ガラス張りの建物だが、なぜか無駄な建築物に見えるし、日の出岬という
名前も、本来のアイヌ語の名前の方が合っている気がするけど・・・。
興部駅跡から南へ行く途中の沙留(さる)川に架かる鉄橋は、しっかりと残っていた。

この鉄橋の名は、オムシャリ川鉄橋というが、流れがほとんどない川の名は沙留川。
沙留駅跡は、まったくない。右は、国道238号線、通称オホーツク国道。

紋別市と合併したが、かつての渚滑町から左折し、内陸部へと入る。渚滑線跡を見学する
ためです。
渚滑線は、1923年11月開業の34.3kmの路線で、全12駅。1985年に廃止されました。
ここは、その途中の中渚滑駅跡付近で、開基百周年の石碑があった。

さらに内陸部へ、上渚滑にあった交通公園。ここに上渚滑駅があったのです。

渚滑線は、さらに内陸の滝上(たきのうえ)町の北見滝ノ上駅まで続いていた完全な盲腸線
で、利用者も少なかったのでしょう。

国道273号線はやがて、道の駅「香りの里たきのうえ」に到着。ここでランチタイム。

ここでは、郷土資料館を見学したかった。まずは、蒸気機関車が展示されているコーナー。

屋根付きの展示室だ。入場券は150円、だったかな?別の建物は歴史関係の資料室。

当時の農機具が展示されている。

ここで滝上町の歴史を学習した後に、旧北見滝ノ上駅跡へ。駅舎が鉄道資料館になっていて、
しっかりと保存されていることに感心します。地元の方たちの熱意が伝わってきます。

内部には、駅標字板などあり。駅の名は「滝ノ下駅」や「滝ノ上駅」だが、町の名前は「滝上」
で「ノ」が入らない。駅だけがなぜ「ノ」が入るのだろうか?

ここから、さらに内陸部へと入る。なぜ?というと、かつて金の生産が行われていた鴻之舞
(こうのまい)鉱山を見たかったからです。
滝上町から道道137号線で峠越え、さらに道道305号線で北へ25kmほど走ると見えてきた。

うっそうとした針葉樹林の森の中に、突然高い煙突が。滝上町から人家は、まったくない、まさに
熊のテリトリーだ。あちこちに「熊出没中」の看板がある。

そんな森の一角にあった「鴻之舞鉱山慰霊碑」。

大正6年というから1917年。第一次世界大戦のさなかだ。財閥の住友によって鉱山が
開かれ、東洋一の金山と云われた、という。
それも昭和48年(1973年)に廃鉱へ。56年の歴史があった金山。
最盛期は13000人以上の人々が働いていたのです。

あちこちに残る廃鉱遺物。

鴻之舞金山と紋別を結んでいた軌道があったのですね。金の輸送は狭軌の鉄道貨物で
紋別港へ送られたのでしょう。
金山なのに「銀色の道」誕生の地とあるのは、なぜ?

鴻之舞小学校の跡地。

鴻之舞中学校の跡地。

1.3万人が働いていたなら、多くの子供たちも学んでいたはずです。だから当然学校も
あったのです。

町名も各所にあります。まさに栄枯盛衰。鉱山町は、廃鉱となると誰一人存在せず、
完全に消滅してしまう。
当時の写真が掲示されていました。相当の賑わいがあった町です。

山の斜面を削り、学校のグランドがあったり、住宅がたくさん建造されたり大きな町であった
ことが分かります。
廃鉱となって43年、今は誰一人住んでおらず建物はすべて解体されているし、鉱山の遺物は
木々に埋もれてしまい自然に帰ろうとしている。
夕張もそうだったが、鉱山が廃鉱となった跡ほど無残なものはない。函館でも郊外に銅山跡地
があって、銅山町という名前だけは残っている。でもまったくの無人の地で、森の一部と化して
いる。
悲しい鉱山の歴史を垣間見た気がした。
この日は、石北本線の丸瀬布駅へ。

現在は、遠軽町に合併したが、ここの町の温泉ホテルで「HO」を使えるので2日ぶりに
入浴する。

駅のそばの国道沿いに「セイコマ」もあって、食料補給。道の駅で車中泊する予定で
行ってみたが・・・。

温泉の帰りから激しく雨が降り出し、道の駅には多くの車中泊のキャンピングカーが。
さらに追い打ちをかけるように、暗くなってきてから狭い駐車場に大型トラックがエンジン音を
鳴らして何台も駐車してきた。
雨と騒音、これじゃ熟睡など出来ない。8時過ぎに逃げることにした。温泉に行く途中に運動
公園の駐車場があったことを思い出して、2kmほど夜道を走る。
誰もいない公園の駐車場だが、国道から離れているし邪魔をする車もいない。ここだと何とか
寝れるでしょう。
ということで、明日は湧別と網走を走っていた勇網(ゆうもう)線跡を見ることにします。
では、また!
コメント
コメント一覧 (2)
北海道には三回行っていますが、まだまだ沢山の史蹟や歴史の遺物が、
森の中に眠っているんだなと、つくづく思い知らされているところです。
四回目に訪れる時には、是非とも立ち寄ってみたい処ばかりだなと
、思っています。
でも、車中泊が増えましたね。
静かな場所、探すのも大変そうですね(>_<)
特に、大型トラックは一晩中エアコンを付けていて、エンジン音がうるさくて寝れないです。
知っている場所ならいいのですが、初めての場所では地図を見て国道から離れた場所を探します。
キャンプ場の方がイイ時もありますね。
丸瀬布町の道の駅は、失敗でした。