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再び台風の警戒が必要な北海道です。先週は、1週間に3つの台風が上陸し、大変な被害
を引き起こしたにもかかわらず、また台風が呼びもしないのにやって来ます。

お呼びじゃないよ!と云いたいけど、自然の力の前には人間は無力です。今晩から明日に
かけて最大の注意を呼び掛けているが、昨夜から降り続いている雨は、さらに威力を増して
朝方からは風も強くなってきました。

今は、被害が最低限度で治まるように!と祈るだけです。

さて、今日はぜひとも見学したかった網走監獄博物館へ行きます。
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なぜ、ここへ来たかったのか?というと、北海道の歴史は網走の囚人たちが創った!
云っても過言じゃないからです。

北海道の中央部を横断する道路や十勝地方から太平洋へ向かう道路、さらには屈斜路湖
の近くの硫黄山から釧路港へと向かう道路は、囚人たちによって切り開かれました。
そんな囚人たちは、ここ網走刑務所から強制的に駆り出されたのでした。

それでは、まず入場券を買います。
大人は1080円と少し高いですが、見応え十分の施設です。何せ、広さは東京ドーム3.5個分。
この広大な敷地に25の建築物群があるのですから。
では、監獄へ入門しましょう。
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門の正面に見える建物は、ミュージアム・ショップで、オリジナルグッズや限定書籍の
販売を始め、網走刑務所の収容者が創った作業製品などが販売されています。

驚いたのがこれ。何と!函館少年刑務所の作業製品が販売されていました。
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函館市金堀町にある刑期の少ない人たちの刑務所で、決してボーイズの刑務所では
ありませんよ。少年たちは、犯罪を犯すと少年院へ送られますからね。
主に重大交通事故を起こした人たち、と聞いています。

その彼らが、社会復帰出来るようにと、技術を磨き作業所内で生産した数々が販売
されていました。
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はこだて監獄印のブランドとして、函館では定期的に刑務所となりの販売所で売られています。
ここにある持ち帰りできるもの以外に、家具などの大きな物も生産しているのです。

明治政府は、19世紀後半太平洋岸に不凍港を求めて南下政策をするロシア帝国に備えて、
まだ道路もない北海道の開拓を急ぎます。そのためには、まず道路が必要でその激務には
囚人を活用しよう、と政府は考えました。

1870年代、薩長が独占する政府に対して各地で士族たちが反乱を起こしました。佐賀の乱、
秋月の乱そして西南戦争。その結果多くの政治犯が収容されました。さらには、1880年代
秩父事件を始めとする自由民権運動で不当に逮捕された農民たち。

彼らの送り先は、最初は石狩の月形、樺戸集治監です。そこから分かれたのが釧路集治監。
さらに網走にも出来ました。まさしく政治犯や思想犯たちが労働力として送られてきたのです。

下の写真の建物は、旧網走監獄庁舎。1912年(明治45年・大正元年)から1987年(昭和62年)
まで網走管理部門として使用されていたもの。
ここを始め博物館の建物のほとんどは、今年2016年、国の重要文化財として指定されました。
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すべての建物を巡ると2時間はかかります。今日は、しっかり巡りたいのですべて丹念に
見学します。30度を越す暑さの中、出来るだけ室内にいたい、との思いもあるからです。

続いて釧路地方裁判所網走支部法廷復元棟へ。
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人形を使って復元していました。法廷は、全国6番目に古い者で、当時のシャンデリアが
すごい。天秤をイメージしていて、公正に裁く意味があるそうです。

上は一人の裁判官が、下は複数の裁判官が裁いています。
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囚人たちのお風呂。入浴時間は15分それもルール在り。もちろん毎日ではありません。
自給自足の生活だったので、畑もあって、小麦や大根など野菜も収穫していたのです。
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漬物庫があって、沢庵も自家製、鍛冶屋もありました。味噌も醤油も生産していたのです。

舎房(囚人たちの寝起きする部屋)へ行きます。5棟が放射線状に広がる舎房で、木造行刑
建築物としては世界最古かつ最大の規模だそうです。
格子の窓からは、脱出不可能か?それでもエスケープした囚人もいたそうです。
冬は寒かっただろうな、と同情します。
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独房は、窓がなく光が入らない暗黒の3畳間。受刑者がもっとも恐れた場所だったそうです。
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高い天窓から注ぐ光が唯一の希望だったのではないか、と想像します。でも、ここから脱走
した囚人がいたのだから驚きです。
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他に教誨堂もあって、お坊さんや神父さんが説教した場所です。
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最初に、監獄ライブラリーで網走監獄や北海道開拓の歴史を学習したので、各所を見学する
のに役たちました。
網走刑務所というと、高倉健さんを思い出しますが、ここは北海道開拓の歴史そのもので、
決して任侠ものの映画作品の場所ではない、と改めて思いました。

明治政府に反乱し連行された士族たち、自由を叫んだ農民たち。彼らが極寒の地網走で
何を考えて刑務所で過ごしたのか?
深く考えさせられた網走監獄博物館でした。

出口の外には、監獄グッズを販売する物産館、そして監獄食堂がります。そこで、注文した
監獄食Bランチのホッケ定食。
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米7割、麦3割のご飯に、みそ汁、フキの漬物など。ホッケの半身が付いて820円でした。
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ということで、1080円分は十分価値のある場所で大いに勉強になりました。さらに知ろうと、
1週間後には月形の樺戸博物館も訪問しましたが、それはまた後で紹介することにします。

この後は、網走駅からオホーツク海沿いに東へ知床斜里駅まで釧網線の各駅巡りをします。
それは、また明日!

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