昨日もヒヤヒヤでしたが、ファイターズ勝利して2-2のタイに持ち込みました。8回裏に
レアードのホームランが決定打でしたが、前半は拙攻が目立ち残塁の数が多かったですね。
何とか勝利したものの、最終回も一打逆転のピンチ。まったく試合を見ていて疲労が
たまります。それでも今日勝てば、王手がかかります。何としても勝利を!
さて、温泉施設のある阿仁前田駅の次の駅が、前田南駅。

ご覧のように、田んぼのど真ん中。刈り取られた田んぼのあぜ道を、歩いてホームへ。

線路の右側の道は、農道でやっとの一車線。よそ者が通る道ではありません。
ご覧のように、駅にたどり着くにはあぜ道を歩かなくてはいけないのです。

「可児義雄君之碑」を発見。農民一揆の指導者の方だったそうです。
やはり、江戸時代や明治時代は農民に過酷な納税義務があったのです。それに対して
立ち上がった農民たち。各地で見られる、名もなき者たちの一人の人間としての行動は、
「生きる!」ため。当たり前の行動です。

社会大衆党の名が左側に書かれているので、調べてみたら1932年のことです。
昭和6年、社会主義運動の高揚時代に結党された政党です。しかし、1928年に改正された
治安維持法で、8年後の1940年に解党されています。翌年から太平洋戦争が始まる、まさに
きな臭い時代のことだったのですね。
さすが、阿仁合(あにあい)のマンホールには、熊の親子が描かれていました。
阿仁合は、鷹巣と合併して北秋田市になる以前は、阿仁合町として独立していたのです。

続いて小淵駅へ。

集落の外れに、ポツンの小さな可愛らしい駅舎がありました。
駅の前には、これまた小さいけれど公園があって、地元の方たちによって整備されて
いました。ホームのプランターもその一つですね。秋に咲く花、サルビアかな?

そして、阿仁合駅へ。

阿仁合駅は、秋田内陸縦貫鉄道の車両基地があるし、本社もある。駅中には、レストラン
「こぐま亭」もあって、食事も出来る。
また、森吉山(1454.3m)登山の起点にもなっている駅。
このクマちゃん、秋田内陸縦貫鉄道の宣伝隊長だそうです。

ホームを見ると、駅の背後は、うっそうとした秋田杉の森林。

駅を離れて、町を散策して時に車両基地を発見。大きな車庫に何台もの車両が入ります。

駅のとなりの建物は、内陸線の資料館がある。元の国鉄時代や第三セクターになったころの
写真がたくさん展示されています。

また、昔風のマタギの家を再現していて、囲炉裏があって熊の剥製が絨毯みたいに
敷かれています。

阿仁合は口座員で栄えた街。何と鎌倉時代の1309年、炭焼き人が金山を発見したの口伝え
がありますが、全国に知れわたったのは、江戸時代の前半、1670年大坂の茶商人の高岡
八右衛門が銅山を発見してから。
江戸時代は、秋田の殿様佐竹藩を支えるほど銅の生産が盛んで、日本一の生産高を誇るほど
だったそうです。
幕末から明治時代にかけて日本の近代化に大きく貢献、特に明治時代初期はお雇い外国人が
阿仁合で暮らし、町をを大いに繫栄させました。
残念ながら、1979年閉山しましたがそれまでの軌跡は、町のあちこちに残っています。
明日は、その歴史を学習するため、お雇い外国人が生活した阿仁異人館や歴史資料館でもある
伝承館を見学します。
では、また!
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