ここは、道の駅「グリーンロード大和」。江の川左岸に面していいる場所。朝6時に起床
すると、ご覧の通り朝靄がかかっていた。河川敷は散歩道になっていて、朝早くから
ジョギングする人も。
こちらは、下流方面を見た。

一方、上流を見ると。

10月ころは、よく見られる現象だと。だから、兵庫県朝来市の竹田城や岡山県高梁市の
備中松山城などは雲海の中に浮かぶ城になるのでしょう。
これも、午前8時頃になって日が差し暖かくなるとガスは晴れて来る。朝の2時間くらいの
自然現象ですね。
ただ、早朝だけに空気はまだ冷たい。
国道375号線と県道40号線をつないで、昨日の最後の駅である因原駅へ戻ります。

朝の因原駅。
今日は、ここからスタート。どこまで行けるか?三江線の駅10個訪ねたが、まだまだ
25個も残っている。
次の石見川本駅。川本町の中心地だけあって、久し振りの駅前商店街もあるし、何より
駅前にタクシーが数台客待ちしていた。出発地の江津駅以来の光景だ。

待合室に貼ってあった三江線乗車を呼びかけるポスター。

赤字路線として、廃止の噂が高かった三江線。何とかして乗車を!のポスターだが、
今はこれもむなしい。JR西日本が廃止を決定してしまったのだ。
廃止は2018年3月で、あと1年と4か月ある。多分、その間に多くの鉄道ファンや観光客
が来ることだろう。とっても、長閑で素朴なローカル線で、旅の情緒あふれる路線を感じる
のだけど、地元は過疎で高校生も少ないうえに、地元住民は車を使うわけで普段の乗客は
極めて少ない。
この時刻表を見ると、お昼の時間は走っていない。下りは8:25のあとが13:43まで5時間
以上も待ち。上りは7:08のあとは14:00まで7時間もない。
これじゃ、利用するのはキツイ。行っても戻れないからだ。

駅の演目名は「八幡」。

さすがに、ここでは鉄道は交差している。向こう側にもホームがありますね。

次の駅の木路原(きろはら)駅前にあった、川本町指定天然記念物の木の原天満宮の
「ムクノキ」。

幹周りが8.3mもある大木。

地元では、ご神木になっています。その木路原駅。

ここも、簡素なむき出しの待合室だけの無人駅。
演目は、「天神」。天神ステーションというわけです。

続いて竹駅。ここも同様です。川本町から隣の美郷(みさと)町までは県道40号線を
走るが、駅はほぼその県道沿いか、少し内部へ入るとある。

鹿島すてーしょん駅。

次の乙原(おんばら)駅も同様。ここの待合室は戸が閉めることが出来て寒さをしのげる。
周辺には人家が数軒あるのみ。

スタートしてから、ずーっと江の川の左岸ばかり鉄道は走っている。右岸に渡るのは、
粕淵(かすぶち)駅を過ぎてからだ。
ここの演目は、帯舞(おびまい)。

久しぶりに下を見て、マンホールを写す。「おおち」とあるのは、この辺り邑智(おおち)郡
だからでしょう。
日本海に面した江津市と大田(おおだ)市の南、広島県との境にある美郷町・川本町・
邑南(おうなん)町の3つで邑智郡を構成しています。

江の川沿いだからカヌーは分かるけど、左の教会のような建物は何だろう?
赤い屋根瓦は、石州瓦。赤というより朱色が、青い空・緑の山に生えますね。

石見簗瀬(いわみ やなせ)駅へ。

「さあ 三江線に乗ろう」の幟はためく駅は「岩戸駅」。

ホームにあるプランターには、赤紫のきれいな花が咲いていました。きっと、地元の住民が
掃除を兼ねて花を咲かせているのでしょうね。こんな風景を見ると、本当に地元愛が感じ
られて、三江線を残して欲しいなぁ!と感じます。

左にホームがあったのでしょうね。砂利が敷かれて埋められていて、今は右の一つだけ
のホーム。かつては、左右のホームに1日に何十もの列車が走ったことでしょう。

ここにも、「昭和47年(1972年)7月12日の洪水のあと」のマーキングが見えますね。

どこの駅も、建物の大半が洪水の被害に遭ったのですね。でも、駅舎は建て替えする
ことなくそのまま修繕して使用しているように思います。今から44年に大洪水があった
とは知りませんでした。
当然、周辺の人家も被害に遭ったはずです。中国太郎の名前が付けられているほどの
暴れ川の江の川の氾濫、地元の方は怖かったでしょうね。
そんなわけで、今日は因原駅、石見川本駅、木路原駅、竹駅、乙原駅、石見簗瀬駅と
6つの駅巡りをしました。
明日は、次の赤塚駅からさら北へ、東へ、南へ。激しく蛇行する江の川に沿って駅巡り
をして行きます。
では、また!
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僕学校の先生になりますよ!
先生みたいになれるように頑張ります。
旅続けて元気なままでいてください!
教員になってからも、子供の頃の夢を忘れないで教壇に立って下さい。
まずは、体に気を付けて!健康第一ですよ!これからもブログ読んで下さいね!