昨日最後に紹介した写真の「ほりえや旅館」を、もう一度見ます。
手前に「芭蕉と曾良入浴の地」ありますね。
今から327年前の1689年(元禄2年)、彼らは江戸は深川を歩いて出発したのが3月27日。
それから37日かけて、ここ福島の飯坂温泉へとやってきたのです。

旅の疲れを取るには、最高の温泉だったことでしょう。
この木造3階建ての旅館、全面はほとんど窓。日当たりはいいけど、正面はガラス面が
ほとんど。窓枠はアルミサッシになっているけど、昔は木の枠だったのでしょう。
これだけガラスの面積の多いと、冬の寒さと地震の時が怖いです。
なぜなら、ガラスは熱伝導率が高く、冬の冷気を呼ぶからです。おそらく1枚のガラスだけ
なので、冬期間は寒いのでは?とあらぬ心配をします。
それと、地震では建物を支え切れるのか?という不安もあります。
と、余計な心配をしてしまいました。でも、長年耐えてきたから大丈夫なのでしょうね。
彼らの足跡が説明されています。

「ほりえや旅館」は、内湯もあって日帰り入浴客も受け付けてくれます。
その手前には、「飯坂温泉発祥の地」の碑もあります。

その横にあった巨大な木の樽。これって、湯を溜める貯湯槽?
よく見かけるのは水のタンクですが、このような木製の樽は初めてです!

ここには、お湯かけ薬師如来像がありました。

薬師如来ということは、多分温泉につかることによって、病気を治そうとしたのですね。
温泉効果で病を退治する、昔から使われてきたことです。
そして鯖湖湯。入浴施設として木造建築日本最古の建物だったらしいです。
ここ飯坂温泉には、9つの共同浴場があって料金は200円。

ここで、温泉に入ればよかった!と後悔します。でも、背中のリュックには温泉道具は
入れておらず手拭すらなく、あるのは汗拭きタオルくらい。
それでもためらったのは、まだ午前中だったから。
でも今になって思うのは、やはり入っておくべきだった、と。悔みました。後悔先に立たず!
しばらく歩くと「旧堀切邸」と書かれた豪邸がありました。

豪農にして豪商だった堀切邸。入場は無料。

戦国時代からの豪商で、相馬藩・白川藩・福島藩などの御用商人をして財を成した
堀切家。
足湯があったので、たまたま来ていたデイサービスのお年寄りの方々と一緒に混浴。

かなり広い面積、蔵もある。

福島市では、訪れる人に無料で開放していますが、受付の方に尋ねたら年々訪問者は
少なくなる一方だそうです。特に、2011年の震災後の落ち込みは激しい、とのこと。
特に、震災に伴う原発事故の風評被害があるそうです。太平洋岸から、かなり隔たって
いるのも関わらずです。
そういえば、各地で福島県出身者への「いじめ問題」がありましたね。ひどい事件ですよ!
福島というだけで、いじめるなんて!

ただ、残念なことにこんな看板を見つけてしまった。
「除染をしています 放射線除染業務委託」と書かれた看板。

原発のある太平洋岸から遠く離れたここでも、除染作業が行われているのか!と。
確かに、今でも福島市の放射線測定値は高いのは事実。
うーん、現実は厳しい。5年経っても除染しなければいけないのか・・・。
駅へと戻る途中で見かけた共同浴場。ここにも木の樽が置かれていました。

これは、防火用水?それとも温泉の湯?
多分、前者と思いますが。
摺上川スレスレに建物が建てられていて、洪水の時など大丈夫?と心配しちゃいます。

特に、水位ぎりぎりの窓があって、大雨が降った時などとても心配です。
駅の近くに見つけた共同浴場。

立派な建物ですね。
ということで、飯坂温泉には共同浴場があちこちにあり、車中泊をする旅人には大助かり
の温泉です。しかも低料金。
有名な温泉街の中には共同浴場がなく、代わりにホテルの日帰り入浴をしようものなら
1000円くらい取られるところもありますよね。それに比べれば、ここは良心的。
そんなことを感じた飯坂温泉でした。
最後に駅。

福島駅から飯坂温泉駅までの、9,2km 駅数12の福島交通飯坂線。
「飯坂電車」、「いい電」の愛称もある電車です。
地元住民にとっては、通勤・通学の足になっている路線で、25分で終点へ。
15分間隔で動いているので、地元の方にはとっても便利な乗り物ですね。
明日は、JR奥羽本線の秘境駅を訪ねて山形県へと向かいます。
では、また!
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