退院後、8日が過ぎました。家での静養ですが、バセドウ病を治療する薬を
朝夕4錠ずつ飲んでいます。
そのバセドウ病が完治して初めて心臓の手術が出来るとあって、何とか治したい
一心でおとなしく生活しています。
が、免疫力がかなり低下したため6年前からの慢性ジンマシンが、最近激しく出てきて
体中が痒いのです。
ザイザルという飲み薬と塗り薬を併用していますが、とにかく体のあちこちに出て痛痒い❗
すべてが早く治って欲しい、と願う毎日です。
さて、今日は家から歩いて10分くらい(普段だったら5分もかからないけど、ゆっくりと
亀のように歩いたので)かけて黒松の森林へと行きました。
途中、公園内にある温泉付き老人福祉センターへ向かう老人から、「歩き方、変だよ。」
と云われる始末。80歳は過ぎたと思われる高齢者から見ても、歩き方がおかしかった
のでしょうね。
ショックです・・・。
北海道最初の防風防砂林だそうで、今から128年前の明治22年(1889年)から
10年間かけて植えられました。その黒松は、遠く静岡県沼津のもので、その数驚くなかれ何と20万本!
当時、東京以北最大の町であった函館の豪商、大分県出身の渡辺熊四郎氏が
公共のためにと私財を投じて造林したのです。
当時は、それだけ津軽海峡からの風が強いのと、砂浜が広がっていて砂が強風に
あおられて市街地に飛んできたのでしょうね。
石川啄木の詩にもありますね。
潮かをる 北の浜辺の 砂山の
かのハマナスよ 今年も咲けるや
明治時代の函館は、国内10大都市の一つとして大いに繁栄していたのです。
その頃の多くの豪商は、市内の建築物や公園に無償で提供していたのでした。
そんな時代もあったのですね。
昔、老人ホームがあった広い土地が児童公園に生まれ変わりました。広い芝生の広場は、サッカーや野球が出来そう。
元気だった頃は、ここでストレッチしたり走ったり。
1周すれば200m以上はあるし、黒松林の中も走って、30分くらいジョギングしていました。
汗をかいたその後は、白い壁を見せている公共浴場の温泉へ入浴していました。
永寿湯という、名のものすごい熱い温泉です。
3つ湯船があって、hot hotter hottest という
「熱い湯」、「もっと熱い湯」、「超熱い湯」の湯船。
写真の右端にあるのが、先ほどの老人が向かった老人福祉センター。
温泉もあるし、時折カラオケも聞こえてきます。
そんな公園で、ゆっくりとベンチに座り心拍数が上昇した呼吸を落ち着かせます。
少し歩いただけで、脈拍が90~100まで上がるのです。
心臓の僧帽弁が壊れるまでの心拍数は60前後。
40代マラソンをしていた時は50を切っていました。
それが、いまは三桁とは!
毎日全力疾走をした直後のような体で、とても落ち着かないし横になるしかないのです。公園の外側には、大きなホテルが建設中。
白いカバーで覆われているのは、本州資本のオリックス系のホテル。
以前は、地元資本の「万惣(ばんそう)」という名のホテルだったが、赤字でオリックスに
買い取られてしまった。
地元のホテルは、次々と本州資本に吸収されてしまい、純粋な地元ホテル・旅館は数える
ほどしか残っていない。
左の大型ホテルは、野口観光系列の超高級ホテル「望楼(ぼうろう)」で、一泊5万円とか。
車中泊の旅しかしていない身にとっては、どんな身分の人が宿泊するのだろうか?と羨む。
5万円あったら、自分は10日間以上旅できる自信はあるぞ!と一人ひがむ。
左の建物は、やはり野口観光のホテル「啄木亭」で、屋上に展望露天風呂がある。
ここは、修学旅行生も泊まるホテルで、部屋数はかなりある。
新幹線開業に合わせて、函館はホテル建設ラッシュ。
函館駅前には大和ハウスの豪華なホテルも出来るとか。
問題は、人手不足だそうです。
若者は、函館を離れ大都会を目指しますからね。
黒松林の公園から、家にゆっくりと帰ります。
ここまで歩いただけでも良しとしよう。
少しずつ歩く距離を伸ばし、いつかは旅に出れるように!
春と共に少しずつ元気を取り戻していこう!
では、また!







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