手術が成功してから5日目となった今日7月30日の日曜日午後、ついに4人部屋の一般病棟に移りました。
まずは、手術日の25日から。
8時間半以上もの間、手術室にいたのですね。
私が出てきたのが午後6時過ぎと、妻が話してくれました。
私が気がついたのは、午後8時過ぎたあたりか、それとも10時以降か覚えていませんが、夜には気がついたようでした。
主治医から「成功しましたよ」の言葉があり、それだけはしっかりと記憶しています。
もっとも、それは手術室ではなく集中治療室でのこと。
当日と翌日の26日までICUにいました。
体につけていたチューブは7本まで記憶しています。
まずは、尿管。外すときが痛くて、それとしばらくオシッコをする時とても痛かったです。
体の体液を出す管が2本。真っ赤な血の色ではなく、シソジュースのような明るい赤色で、血が薄くなってタンクに貯まります。毎日、それを取り出す作業が3日間続きました。
首に2本と左手に1本点滴のチューブ。
さらに口には酸素マスク。次の日から鼻へのチューブに換わりました。それも3日目まで。
それ以外にも管が付いていたような、でも当日の記憶は余り詳しく覚えていません。
ただ、朝の5時まで水分を取ってはいけないので、喉が乾いて乾いて看護師さんたちに「水飲みたい」と何度も時間を尋ねています。確か15分後とに「今何時?」とか「水、まだ」とか。それは記憶にしっかりとあります。
3日目となった27日に個室へ。一人部屋は、楽でした。何せICUは、うるさくて(当たり前ですね。救急用の器具がたくさん稼働しているし、右となりも左となりも手術を終えたばかりか、はたまた救急車で搬送された患者さんばかりですからね。
それに比べると、まるでホテルのような個室での3日間。ただ、2つ隣のかなり高齢の患者さんは、夜中に唸り声を上げていて、「お願いします」とか「ウー」と泣き声あげたり、それがまるで犬の遠吠えみたいで、薄気味悪かったです。
認知の症状のあるようで、1日中寝ていた患者さんでした。
隣は40代の患者さんで、若い人もいるんだな、と思った次第。一般病棟でも、ほとんど高齢者、それも75才以上の後期高齢者で、前期高齢者は少ない。
最初は50mも歩けなかったけど、今日は200mを2往復出来るまで回復しています。それでも、歩くスピードはゆっくりで、まるで亀の如し。
それでも、手術から5日目ですから「よし!」としなくては。
献身的な活動でサポートしてくれている看護師さんや理学療法士の皆さんには、本当に感謝です。
それと何よりも日曜日の夕方、検診に部屋を訪れて下さった主治医のkドクターさんには、頭が下がる思いです。
「手術は、私が責任を持って当たりますから、
術後のトレーニングは自分でしっかり行って下さい」とアドバイス。
呼吸の訓練、ゆっくりと有酸素運動のウォーキング。国立函館病院のスタッフの皆さんには、心から感謝です。
ということで、一般病棟に移り後は退院までトレーニングの日々。でも、ホッチキスで止めた胸は、腰痛ベルトのようなベルトで縛られています。
それが、きつくて夜なかなか寝れず。昨日初めて体を横向きにして、何とか寝ることが出来ました。
この分だと、退院も近いかな?と自分勝手に思っていますが、果たしてどうなることやら?
では、また!
まずは、手術日の25日から。
8時間半以上もの間、手術室にいたのですね。
私が出てきたのが午後6時過ぎと、妻が話してくれました。
私が気がついたのは、午後8時過ぎたあたりか、それとも10時以降か覚えていませんが、夜には気がついたようでした。
主治医から「成功しましたよ」の言葉があり、それだけはしっかりと記憶しています。
もっとも、それは手術室ではなく集中治療室でのこと。
当日と翌日の26日までICUにいました。
体につけていたチューブは7本まで記憶しています。
まずは、尿管。外すときが痛くて、それとしばらくオシッコをする時とても痛かったです。
体の体液を出す管が2本。真っ赤な血の色ではなく、シソジュースのような明るい赤色で、血が薄くなってタンクに貯まります。毎日、それを取り出す作業が3日間続きました。
首に2本と左手に1本点滴のチューブ。
さらに口には酸素マスク。次の日から鼻へのチューブに換わりました。それも3日目まで。
それ以外にも管が付いていたような、でも当日の記憶は余り詳しく覚えていません。
ただ、朝の5時まで水分を取ってはいけないので、喉が乾いて乾いて看護師さんたちに「水飲みたい」と何度も時間を尋ねています。確か15分後とに「今何時?」とか「水、まだ」とか。それは記憶にしっかりとあります。
3日目となった27日に個室へ。一人部屋は、楽でした。何せICUは、うるさくて(当たり前ですね。救急用の器具がたくさん稼働しているし、右となりも左となりも手術を終えたばかりか、はたまた救急車で搬送された患者さんばかりですからね。
それに比べると、まるでホテルのような個室での3日間。ただ、2つ隣のかなり高齢の患者さんは、夜中に唸り声を上げていて、「お願いします」とか「ウー」と泣き声あげたり、それがまるで犬の遠吠えみたいで、薄気味悪かったです。
認知の症状のあるようで、1日中寝ていた患者さんでした。
隣は40代の患者さんで、若い人もいるんだな、と思った次第。一般病棟でも、ほとんど高齢者、それも75才以上の後期高齢者で、前期高齢者は少ない。
最初は50mも歩けなかったけど、今日は200mを2往復出来るまで回復しています。それでも、歩くスピードはゆっくりで、まるで亀の如し。
それでも、手術から5日目ですから「よし!」としなくては。
献身的な活動でサポートしてくれている看護師さんや理学療法士の皆さんには、本当に感謝です。
それと何よりも日曜日の夕方、検診に部屋を訪れて下さった主治医のkドクターさんには、頭が下がる思いです。
「手術は、私が責任を持って当たりますから、
術後のトレーニングは自分でしっかり行って下さい」とアドバイス。
呼吸の訓練、ゆっくりと有酸素運動のウォーキング。国立函館病院のスタッフの皆さんには、心から感謝です。
ということで、一般病棟に移り後は退院までトレーニングの日々。でも、ホッチキスで止めた胸は、腰痛ベルトのようなベルトで縛られています。
それが、きつくて夜なかなか寝れず。昨日初めて体を横向きにして、何とか寝ることが出来ました。
この分だと、退院も近いかな?と自分勝手に思っていますが、果たしてどうなることやら?
では、また!
コメント
コメント一覧 (3)
治りも早いですよ。
今夜の舞鶴発小樽行に乗船します。
まずは雨竜沼湿原へ