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今回のテーマの参考文献として活用しているのが、このブログに時々登場していて、
月に一度箱館歴史散歩の会を主宰する、まさしく函館を知り尽くしている人物の中尾仁彦さん
が著した市電でめぐる函館100選」(中尾さんと大西剛さんとの共著で、
新函館ライブラリーから発行 1429円+税)、と。

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市電を運営している函館市企業局交通部が編集した「函館の路面電車100年
(北海道新聞社 1700円+税)の2冊です。

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昨日、紹介した中で路線図がよく分からなったので、今日はこの2冊で紹介されている地図を
アップさせ、より分かりやすく致します。掲載されている地図を、活用させていただくこと
お願いします。

というのも、昨日の路線図、スマホでは正確に描かれず、かなり混乱してご覧になった読者の
方も多かったはずで、改めて紹介することにしました。悪しからず。

まずは、現在の路線図
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赤いラインの10.9kmの市電路線図は函館山麓の十字街から北と南の2方向に別れ、
北は函館どつく前へと南は谷地頭が終点となっていますね。

一方、十字街からは函館駅前を通り五稜郭公園前を経由して終点湯の川までの1本道。
これが、現在の路線です。

そして、廃止される前の路線図

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違いが分かりますね。五稜郭公園前から直進しているのが昨日から紹介している宮前線。
さらに、ガス会社前から北へ延びているのが五稜郭駅前行き。

南へ延び函館駅前で合流している線もありますね。

それと、松風町蓬莱(ほうらい)町(現在の宝来町)をつないでいる東雲線
この4つの路線が1978年(昭和53年)から1993年(平成5年)にかけて次々と廃止されました
のです。

ただ、この路線図は1964年(昭和39年)のもので、昨日紹介した「梁川町」は「梁川町開発
建設部前」となっているし、次の「西武テーオー前」も「交通局出張所前」となっていますね。

これは、西武デパートとテーオーデパートが完成する前のことなので、そんな名前になった
のでしょうね。
1964年といえば、東京オリンピックが開かれた年で私が小学校6年生のころ。だから、ほとんど
記憶にないのです。家からも遠いし、出かけることもない地域だったからです。

電停のあった場所探しは、この写真集「函館路面電車100年」を見ながら、当てることに
しました。

西武テーオー前は、やはりそれぞれのデパートの真ん前で、電車を下車し横断歩道を
渡って、最短距離ですぐにデパートの入り口に入れるようになってなっていました。

新世橋前は、橋を渡り切ってすぐの場所です。

そして今日の宮前町。
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以前は、「宮前町学芸大学前」となっていますね。
学芸大学とは、現在の北海道教育大学函館校のこと。昔は、教員養成課程のある
国立大学は学芸大学と呼ばれていたのですね。

そういえば、東京学芸大学は今でもありますからね。ファイターズの栗山監督
そこの卒業生です。教員養成が目的の東京学芸大学、きっと彼も教員資格を所持
しているはず。だから、若手の指導法が上手なのでしょうね。

ファイターズの監督として今年で6年目、来年も監督を継続するようですね。

その以前の学芸大学、現在の教育大学は写真の交差点左から右へ延びる道の右側
200mほど行った場所にあります。

電停は、ちょうどここにあったらしい。もちろん、道路の真中で、鉄道でいうプラットフォーム
の乗客待合ホームの安全地帯が左右両側に設置されていました。

五稜郭公園前方向を見ます。新世橋は遠くに見える歩道橋のさらに先。
この4車線の道路に、軌間1372mmの線路が2本敷かれていたなんて想像もつきません。

それが撤去されて24年。今では、以前市電が走っていたことを知らない住民も多いはず。
実際廃止されたのは、通学に利用する教育大生の誕生する前のことなのだから。
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それでは、次のガス会社前まで行って見ましょう。少し右にカーブしたこの先まで。
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右側を行くと、200mほどで大きなガスタンクのあるガス会社の前に到着。
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北海道ガス会社函館支店
と書かれた入り口の門。タンクの高さは20m近くあるか?
それともそれ以上か?巨大なガスタンク!

さらに進み、交差点へ。左にちょっとだけ写っている建物がガス会社のビル。
道路の向こう側にあり写真の正面に見える建物が、先日「全国落語大学」が開かれた
萬年寺というお寺。

五稜郭公園前から直進した市電宮前線はここまで来て、目の前に電停があったらしい。
五稜郭公園前からここまでが、道道571号線。

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下の写真。左に北洋銀行の看板が見えるが、写真集を見ると廃止された平成5年では
たくぎん」の看板が架かっていました。

北海道最大の銀行にして都市銀行の一つだった「北海道拓殖銀行」はバブル経済時
巨額な投資をし、失敗。1998年(平成10年)破綻。多くの支店は北洋銀行に受け継がれ
ましたが、ここ万代支店もその一つ。
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北洋銀行とセブンイレブンのある看板方向が、函館駅前方向への道の国道5号線。
かつて市電はここでTの字のように交差していたのです。

国道5号線の北側を見ると、五稜郭駅方面へと伸びていて、この道を市電が走っていた
のだと分かります。
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交差点のセブンイレブン側を見ると、右に陸橋が見えますね。
赤信号で停車しているトラックや乗用車が並ぶ3車線の道は、JR北海道の函館本線
の上を通過する国道228号線と国道227号線のスタート地点。
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そして写真集を見て驚きました。1954年(昭和29年)ガス会社前での路線拡張工事の
様子の風景がありましたが、何と現在の線路をまたぐ陸橋の辺りは函館湾の海の一部
だったのです。

海を埋め立てた土地が広がっていますが、その埋め立てられない一部が、まるで運河の
ように、すぐそばまで来ています。そこで南の函館駅前方向からの線路と東から延びた
五稜郭公園前からの線路がつながろうとしたのですから。

さすがに、その写真をそのまま引用するわけにはいけませんね。もし興味のある方は、
是非「函館の路面電車100年」を購入するか、図書館でお読みください。

7ページに白黒写真で掲載されています。

ということで、明日は国道5号線を北上し五稜郭駅前へと進みます。
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1955年(昭和30年)11月27日に完成し運行開始され、1978年(昭和53年)11月1日に
廃止された五稜郭駅前までの距離1.7km、4つの電停を調べます。

明日は、「札幌まで280km、長万部まで103km、森まで40km」と書かれた看板の先
1.7kmに、盲腸線の終点にしてわずか23年間しか運行されなかった市電の電停を探ります。

では、また!

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