今日のスタートは、プロテスタントの教会である日本キリスト教団函館教会から。
旧教のカトリックは、それこそ1549年にスペイン人フランシスコ・ザビエルが鹿児島
に上陸し、日本で最初のキリスト教の伝道活動をしたことは歴史上有名な出来事です
が、新教のプロテスタントは明治維新以後のこと。
1873年(明治6年)に、やっとキリスト教の禁止が解け伝道活動が許可された時代、
翌年にアメリカのメソジスト派の宣教師M・C・ハリスが始めたがここの教会です。
当時は、まだ欧米人やキリスト教に対し偏見があった時代で、ドイツ領事ハーバーが
殺害された事件も起きていました。
ハリスは、知人が護身用にピストルを与えたところ、「武器を持つのは恥だ」として
海に捨てた、という逸話も残っています。
ハリス夫人はカロライン・ライト・モメモリアル女学校を開き、これがのちの遺愛
女学院となっていくのだから、御夫婦そろって函館に足跡を残していった功労者。
偉い!拍手です!!

もっともこの建物は、何度もの大火で焼失した後の1931年(昭和6年)に鉄筋
コンクリートで再建されたもの。

プロテスタント教会としては日本で3番目に、メソジスト派教会としては横浜に次いで
2番目の教会として、1877年(明治10年)に建設されました。

第二次世界大戦中に、日本基督教団に合併され現在の名となっています。
それにしても、幕末から明治維新後にかけては内外から函館にやって来てますね。
一旗揚げようと目論む商売人や、伝道活動をする宗教活動家など日本人だけでは
なく海外からもやって来ました。それだけ開拓する魅力のある土地だったのです。
教会の向かい側にも蔵がありました。
この通りを歩くだけで、一体いくつ発見したことでしょうか?

教会からすぐの坂が、「日本の道100選」の大三坂。

坂の上には、元町カトリック教会やハリストス正教会、聖ヨハネ教会がある
雰囲気のある石畳の坂。
「日本の道100選」の記念碑もありました。

ここの坂を登ります。
道の両側には、伝統的建造物が並びます。

歩いているだけで、ほのぼのさせる道で癒されますね。

隣の三角屋根は、ハムで有名なお店カールレイモンですが、これに関しては次回に
お伝えします。

ということで!
では、また!
コメント
コメント一覧 (2)
やっぱりすごいお方です。
文章がしっかりしているうえに、内容が充実しご自分の知識としたうえで書いておられます。
ブログのお手本です。自分にはとても無理ですけど歴史や風景の解説以外のことも勉強になります。
ブログのことで、褒めていただいて恥ずかしい限りです。時々間違いもあり、
函館のことなら師である「箱館歴史散歩の会」主宰者の中尾さんに、指摘されて
訂正しています。本文は、出来るだけ本を読んで調べたりして書いているつもりです。
それでも、ミステイクはありますね。これからもよろしくお願いします。