昨日お伝えした小坂鉄道レールパークから県道2号線、別名十和田湖へ通じる樹海ロードの
向かい側へ、そこは「明治百年通り」と呼ばれる素敵なストリートでした。
のぼりがたくさん掲げられていますよ。まるで、大相撲の巡業でも来たみたいに!

モダンな洋風建築の建物「康楽館」は、小坂鉱山の厚生施設として1910年(明治43年)に
建てられた、といいます。
1910年というと明治時代の終わりころで、日清・日露戦争に勝利した大日本帝国は強引に
韓国を併合、社会主義者たちを逮捕・処刑している(大逆事件)、まさに帝国主義の道を突き
進んでいった時代です。

時同じころに小坂町は、銅山として大きく発展していて、それは昨日見た小坂鉄道、今日見る
康楽館、明日見る予定の小坂鉱山事務所や天使館などが、当時の繁栄のシンボルとして見ることが
できます。その銅山、一体どれだけ稼いだのでしょうか?従業員への厚生施設として、こんなすごい
建物を建設するなんて!
廃鉱となった現在は、それらの建築物は近代化産業遺産として国の重要文化財として指定され
ていて、私たちはかつての歴史を学ぶことが出来るのです。
さて、それでは入ることにしましょう。

横を見ると、ブルーシートで覆われている場所があって、ちょっと残念。工事中なのかな?

興行が行われていない日の施設見学のみだと600円ですが、この日は常打(じょううち)芝居が
あって3000円、しかも2時間。時間がかかるのをためらっていると、前半1時間2000円で見れる
と云われ、それなら大丈夫!ということで内部へ。しかもラッキーなことに午後の部開始寸前
でした。

主演者はこの方。夢之丞。男で酔わせ、女で魅せるというイケメン役者です。
いつだれが出るかは、HPを見れば分かるということなので次来ることがあれば、事前に調べてから
来ることにします。

たまたま訪れた日が、6月21日木曜日。6月の休演日は15日の金曜日だけで、後の29日はすべて公演日。時間も午前は10:30~と午後は14:00~の2回。それぞれ120分ですが前半は芝居だけで、
演目は二つ。後半1時間は歌謡ショー。
自分は、午後2:00~からの前半、芝居のみ観劇して2000円でした。

一ファンから、こんな素敵なものが差し入れされていましたよ。
開始直前の座敷です。1階と2階があって、1階には私を入れて10名ほどの観客。
ちょっと寂しい限りですが、中には常連さんもいて花束を夢之丞さんへ差しあげた中年女性の
ファンもいます。彼女は追っかけなのかな?

古い時代の写真を見たら、1,2階席ともとも超満員で恐らく1000人以上は入っていますね。
康楽館のこけら落としは、大阪歌舞伎座の尾上松鶴一座で1910年8月16日に行われています。
以来、歌舞伎や新劇、映画など盛んに上演・上映されてきましたが、建物老朽化やテレビの普及
により1971年に一般の興行は中止を余儀なくされ、以後ほとんど使用されなくなりました。
しかし、再開しよう!と町の人々の情熱により、1986年和洋折衷の芝居小屋としては日本最古の
康楽館がよみがえったのです。

江戸時代の芝居小屋スタイルで、桟敷や2本の花道・切穴(すっぽん)・回り舞台などがあります。
切穴とは、花道にあり役者をせり上げる装置のことで、ロープと滑車を使って二人の人力で
操作します。
回り舞台とは、舞台中央の直径9.73mの円形に切った部分を奈落(床下)でろくろ仕掛けにより、
4人の人力で回す装置です。
これって、長野県大鹿村の大磧神社で見た農村歌舞伎の舞台にもありましたよ。
映画「大鹿村騒動記」にも登場していましたね。

木造2階建て、一部地下1階で、設計者は藤田組の山本辰之助。建築面積は767.93㎡(232.3坪)。
一応定員は607名で、2002年に国の重要文化財に指定されています。

ということで、素晴らしい建物と演劇を見させていただきました。
なお、芝居はとっても感激!して観劇。パチパチパチパチ!
役者たちは、さすがにプロ!上手でした。
「寅さん」によく登場する旅芸人一座のような方々で、役者っぷりは最高!下手なテレビに出る
ジャリタレよりもずーっと上手かったです。
次に訪問する機会がありましたら、再び見させてもらいますよ。ありがとうございました!
明日は、ここ明治百年通りのある、これまた素晴らしい建築物の小坂鉱山事務所をお伝えします。
では、また!
最後に、今日のコタローです。
朝5時ころから起きだし活発に動きます。それは、ものすごい運動量で周辺の立てかけていた
ものをなぎ倒し、散らかし、さらには引っ張り出して暴れまくるのです。
6時過ぎには腹が減ったのかミャー・ミャーと、それこそネコ撫で声で鳴き、食事を催促。
その後、腹いっぱいになったところでお休みです。まぁ、お気楽者、いやお気楽猫です。


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