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今朝の厚沢部町土橋キャンプ場です。
昨夜は、ライダー2名と品川ナンバーの車1台と私。朝は昨日よりは、さほど冷え込んでいなく朝食もここでとりました。

江差町のとなり乙部町へ。早速発見!姫川の名は、義経の側室だった静御前から来ています。
由来をご覧ください。

二級河川だから北海道が管理。その道が伝説とはいえ、記すのだからかなり知られている話ですね。

続いて乙部岳(1016.6m)。乙部で暮らすこと2年余り、義経(判官九郎義経)は静御前とは逢えずに峠を越えます。その名が「姫待峠」。山の名を九郎岳(乙部岳)と名付けられた、といいます。

姫川の上流です。とてもきれいな清流です。
姫待峠には、さすがにこの道を通って行くのは無理。

この山の名は、竹森。頼朝に首を打たれた祖父の六条判官為義。義経は祖父の霊を弔うために小高い丘に碑を建てました。その山が竹森と云われているとか。

乙部岳の山頂は、厚い雲に覆われていますね。静御前の涙が降っているのでしょうか?
縁桂の樹があるというので、山道を歩くこと20分。癒される空間です。縁結びの樹だそうです。

乙部町の元和台にある桂の古木。

はるか奥州の地を望めるようにあります。

そして、ここが静御前最期の地。
ということで、かなり眉唾物でもありますが、義経伝説はここ北海道でも浸透していますね。
このあとさらに義経伝説ととともに北上していきます。
では、また。
コメント
コメント一覧 (4)
そ、そうなんですか。
まさか静御前が乙部町で亡くなっていたとは・・・・。
昔のことは誰にもわかりませんから。これが伝奇ですね!
次も楽しみに待ってます。
案内板まであるなんて
寒そうなのでお気をつけて下さい
義経伝説面白いですよ!
どこまで本当なのか?明日もおたのしみに❗
乙部町にもあるとは❗私も知りませんでした。明日は寿都町の弁慶岬へ向かいます。