昨日も今日も秋晴れの晴天で、このところしばらく晴れマークが続いています。でも、昨日の朝は今年一番の冷え込みで、最低気温4、7℃で寒い。間もなく冬の到来が予想されます。
さて、江戸時代末期から明治にかけてニシン漁で繁栄した江差町。3番目の訪問先は旧関川家別荘。

関川家の名の由来は、越後の国、今の新潟県関川郷から来ているんですね。
いにしえ街道の外れで、市街地の少し郊外にありますが、土地が広い。別荘だけあって、庭も広大。

ここも天井が広いですね。
江戸時代から明治30年代まで、江差で様々な商売を営んでいた関川家。この建物も同時代に建てられたもの。蔵は当時の調度品などの展示室となっていて、豪商であったことが偲ばれます。

広々とした庭。一部は町へ寄贈されて町民の公園として利用されています。

江差で莫大な利益を上げた後は、東京へ去った豪商。ニシンが永遠に獲れないこと、栄華には終わりがあることを知り去ったのでしょう。


江差町での見学を終え、もう一度上ノ国町へ。やり残したこと、それは道の駅もんじゅで「てっくい丼」を食べること。これが、そうです。美味しそうでしょう。

てっくいの語源が書かれていますね。
活きの良さから「手を咬む」⇒「手を食う」⇒「手喰い」⇒「てっくい」と呼ばれるようになった、
ヒラメのことです。

食後は、上ノ国町を散策。
上國寺(じょこくじ)は、1443年というから室町時代の創建された道内でも1,2位を争うほど古いお寺です。
本堂は国の重要文化財に指定されていて、道内に現存する仏堂建築では最古だそうです。

上ノ国町は、道内で唯一中世をリアルに体感できる町としてしてアッピールしています。
道内で最初に和人が上陸し、江戸時代に松前藩が出来る前まで政治・経済の拠点だった上ノ国。
名も「上ノ国」と、そこを流れる川は「天の川」。

旧笹浪家住宅は18世紀初めから続いたニシン場の網元の家。
北海道に現存する民家では最古です。屋根に置き石をしていて、当時の佇まいが偲ばれます。

上ノ国八幡宮は、1473年松前藩の藩祖である武田信広が創建した社。

ここの本殿もまた、道内現存する神社建築では最古です。

〇に❖の家紋は、松前藩の家紋でしたね。

ゆっくりと上ノ国町を散策した後は、町経営の温泉へ。昨年12月に古くなった建物から新装した花沢温泉は、なんと入浴料200円。安い!露天風呂もあるし、のんびりと風呂につかりました。

その後は、厚沢部町へ戻り同じ場所で車中泊。土橋レクの森キャンプ場。無料のキャンプ場です。

ということで、「てっくい丼」を食べて満足の1日。明日は北上し乙部町で義経伝説第5弾、第6弾を見つける予定です。
では、また!
今日のコタローです❗

とにかく食べるのに夢中。最近は体がドンドン大きくなり、ついに3kg超え。
それに伴い食欲大増進中です。1日3食だけではなくおやつに中食、それに夜食。
それでも、太ることはなくスリムな体をますます大きく、動きはシャープで家の中を、それはすべての部屋、風呂、トイレの中まで動き回っています。

食べた後は、外を見て睡眠へ。

時々庭を通る野良猫と対峙しても、ノラの方はコタローをシカト。無視して通り過ぎていきます。



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