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1月22日火曜日、天気は晴れ。気温はマイナス8度でかなり寒い。陽が高くあがり明るい日差しの下での午前9時、昨日降った雪が5㎝ほど積っていたので久しぶりに雪かきに汗を流す。ということは、今日の新幹線業務は4日ぶりのお休み。朝はゆっくりと寝ていました。

そんなわけで、今日は昨日までの新青森駅で写した写真を紹介することにします。
まずは、津軽弁から。紫色の幟をご覧ください。
よぐきてけだっきゃ~どーも どーも」これはよく分かりますよね。
ほとんどの方は理解できると思いますが、標準語しか話せない外国人の方へ翻訳すると「よく来てくださった! どーも どーも」です。

最近は、日本在住の外国人もこのblog見て下さっているとのこと。7年目にして、インターナショナルのblogになったこと、うれしい限りです。
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東北新幹線八戸駅が2002年12月1日、七戸十和田駅が2010年2月4日、新青森駅が2010年12月4日、
そして奥津軽今別駅が2016年3月。ということは北海道新幹線開業の年で、かつ開業月に奥津軽今別駅がオープンしたということですね。
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巨大な錦石も展示中。大きさは高さ25㎝くらい、長さは30㎝くらいある大きな石です。
とても、人間の力では持てないでしょう!?
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新青森駅構内の在来線と新幹線駅をつなぐ回廊は、「ねぶたロード」と名付けられていて、ねぶたに関して学習できます。

少し調べましたので、「ねぶた」の語源を紹介します。
ねぶた(ねぷた・ねふた)」という名称は、東北地方を始め信州地方の「ネンブリ流し」、関東地方の「ネブチ流し・ネボケ流し・ネムッタ流し」などの祭りの言葉や方言から、「眠りながら」の意味の「眠り」が「ねぶた」に変化していった、とも言われています。

津軽藩の城下町弘前は、青森県下では古くからの町で人口も多く、祭りも盛んに行われていました。「ねぷた」という名の祭りも江戸時代からあり、江戸時代は漁業中心の寒村だった青森よりは盛んだったのです。
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江戸時代の中頃、享保年間(1716年~1735年)に、青森市油川町付近で、弘前のねぷたまつりを真似て灯篭を持ち歩き踊ったという記録があるそうで、それが青森のねぶたの始まりでしょうか?
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ねぶたが出来るまでの順番が説明されていますね。
ねぶたの製作には約3か月を要する制作にあたる人数は延べ300人とか、費用は約2000万円とか。
すごい祭りですね。
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最大サイズの基準があって、幅は9m、高さ5m、奥行き7m、重さは4トンとかですが、それは青森市の場合。
五所川原の立佞武多(たちねぶた)は、もっと高いはず。高さが5mに抑えられているのは、電線よりも低くするため。

そうやって、完成したねぶた。その一部が展示されていますよ。
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ということで、新青森駅まだまだ見どころいっぱい!
それに比べると、地元の新函館北斗駅はかなり劣るなぁ!とガッカリ。

今日のコタローです。
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今日は、朝から夜までたっぷりと遊んでもらえたから、うれしい1日となったよ。運動不足も解消されストレス発散出来たし、余は満足じゃ!
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後は、美味しいものを食べて寝るだけ。そういえば、先日から人間も食べている「サケの缶詰」を御馳走になっているけど、人間は美味しいものをたくさん食べているんだな。

でも、それで肥満になったり病気になったりしているみたいで、じゃ食べなきゃいいし運動すればいいのにと思うけどね。人間は食事を制限するダイエットなどしているけど、何ともったいない!ことをするんだ! 食べるのに苦労している人間や動物はたくさんいるんだぞぉー!

野良ネコの気持ちになれば、どんな食べ物でも粗末にしてはいけないぞ!
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それでは、またねーこ!


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