4月23日木曜日、天気は晴れたり曇ったり、時にはアラレが降ったりで不順な天候。気温は一桁台で外を歩くには寒いくらい。
それでも、毎日運動するために歩くしかないので今日も外出。といっても、午前中1時間半ほど歩いて出会った人は5人だけで、しかも適度な距離を取ってのこと。函館のような田舎で良かった!と思ったのは、東京を比較してのこと。
2年前に東京へ行った時、午後5時新橋駅周辺は大勢のサラリーマンの帰宅ラッシュでものすごい人、人、人。その数は数万?何処にこれだけの人が働いているの?と驚きました。
それに比べると、函館では人と密になる歩道はありませんし、散歩道もたくさんあって歩く分には困りません。
で、今日は鮫川を河口から3kmほど上流に向かって歩きました。午前中の歩数は8500。
そこで発見した今年初めての水芭蕉。
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キレイに水芭蕉が咲いていますよ。
ここは沼のある湿地帯?
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ツツジも赤紫色の花を開かせています。
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沼にはカモも数羽いてのんびり。
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ここは何処か?というと、鮫川の中流域の町でいうと本通。
鮫川C遊水地です。鮫川が氾濫した時に、あふれた水を一時的に貯めておく低地ですね。
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上から見ると、低さは5mくらい。奥の橋は鮫川に架かる橋。公園の周囲は住宅街。
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南本通ふれあい広場という公園になっていますね。
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100m南の湯川寄りにD遊水地がありました。
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川を見ると、分かりづらいですが川の堤防があります。
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近寄って見ましょう。豪雨になって川から氾濫した時、水は橋の下の堤防を越えてこちら側の公園へと流れて来ます。
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もっと分かりやすく説明すると、遊歩道の上に架かる橋の上から撮影したものですが、右が鮫川。普段の水の流れはこんな感じで、サラサラと流れていますね。
でも、時には氾濫するときがあるのです。

今から55年前の1965年(昭和40年)のこと。私は湯川中学校の1年生。秋、鮫川が大氾濫し湯川1丁目から深堀町、川原町、本通り一帯を巨大な沼地へと化したのです。その氾濫した川の水は我が家の近くまで来たのです。
今の函館アリーナや市民会館周辺は、当時放牧地で低地。一帯は沼になったのです。
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左側は、氾濫した河川の水を貯めておく巨大な貯水地みたいな低地なのです。
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野球やサッカーが出来るくらいの広さを持つ公園ですが、川が氾濫して水があふれた時はここに水が貯まり、住宅街にあふれでないようにしているわけですね。
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そんな遊水地がCとDを今日見たわけですが、ということはAやBもあるのでしょうね。次回はAとBを探してまた歩こうかな?と思っています。
1時間半歩いて8500歩。午後に2000歩歩いて、ついに10000歩越え!
歩数計は10561歩を示していますよ。
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今までは、せいぜい9000歩止まりでしたのでうれしーい‼️
これからは、毎日(は無理かな?)10000歩目指して歩こう!と。
まぁ、無理せずに歩くつもりです。

皆さんも家にとじ込もってばかりでなく外へ出て、思いっきり体を動かしましょう。でも、大都会では難しいのでしょうか?ニュースを見れば公園は人で溢れかえっているし、ランニングコースもランナーでいっぱい。
大都会は、家の中で巣籠もりするしかないのでしょうか?

時間をずらして見たら人通りは少ないかも知れませんよ。もちろん、家に帰ったら、すぐに手洗い・うがい!1日に何度も手洗いしています。
密集・密閉・密接の三密を避けて、外の空気を吸い体を動かしましょう!

今日1日に感謝し、明日も良い日でありますように!と祈ります。