11月12日木曜日、天気は晴れ。朝方はさすがに寒く、畑を見たら霜が降りていて土が盛り上がっていました。これからは、少しずつ気温も下がり冬に向かっていくし、陽が登る時間も遅くなるし逆に陽が沈む時間は早くなっていきます。北国では、しばらく我慢の時間が続きますね。
ただ、コロナの感染者が急に増えていて怖いです。北海道に限ったことではなく全国で激増していて、これからさらに寒くなる季節、どれだけ増え続けるのか?そして予防策は?ワクチンは開発されるのか?不安材料はたくさんありますが、果たして年末や来年はどうなっていくのやら?
さて、ここは三戸町。ここへ来る前に岩手県の二戸市にある金田一温泉でお風呂(旅館で日帰り入浴500円)に入り、県をまたいで青森県入りし最初の町である三戸町へ来たわけです。
ちなみに、岩手県には二戸市、九戸村、一戸町があります。

博物館らしく見えますね。ここは三戸町の町立歴史民俗資料館で、入場料は確か250円くらいだったかな?

子供たちが郷土の歴史を勉強するのに持って来いの場所ですが、昭和の展示室は何処でも同じものを展示していますね。ブラウン管テレビや真空管ラジオ、ちゃぶ台など。

冬は雪がたくさん降るから、馬橇もあります。昔、これに乗って通学したこともありましたね。

この資料館の建物は隣りの城と繋がってはいますが、城に入るにはいったん出なくてはいけないのです。

3階建ての城は、ほぼ松前城と同規模。資料館の料金で見学できます。

その前に、千持石というものがありました。
そういえば、資料館には青森県初代横綱の鏡里関(175㎝、161㎏、昭和28年に横綱、昭和33年引退)のことが紹介されていましたが、彼がこの巨石を持ち上げたとか?なわけないですよね。

城の3階から町を見下ろすと、馬淵川が見えます。この川、岩手県北部北上山地の一戸町に源を発し、八戸市を流れて太平洋に注いでいます。岩手県と云えば北上川ですが、馬淵川も岩手に水源があるのですね。

甲斐の国の武将だった南部氏は平安時代の終わりごろに源頼朝につかえて、みちのくで活躍し、甲斐の国の南部、南部郷に領地をもらい名を南部とします。
時がたち、後醍醐天皇の時代、南部氏は青森県南部地方の奉行を命じられてこの地へやってきたのです。
ここで津軽や秋田北部の領主と争って14世紀には現在の青森県一帯を支配します。が、一族の争いから「三戸」と「根城(八戸市)」に分かれて、2つの南部氏が存在します。
16世紀になると、根城南部氏は勢力が後退し、三戸南部氏が強くなっていったのです。

ここは戦国時代末、北奥羽一帯を治めた三戸南部氏の居城ですが、青森県と岩手県には南部家のお城がいくつもあって、こちらでは「南部城巡り」が今ブームとか。
例えば、種里城は青森県鰺ヶ沢にありますが、ここは十三湖一帯を支配した安藤氏との攻防があり、津軽藩発祥の地ともあった城です。
さらに青森市の浪岡城、七戸町の七戸城、八戸市の根城、岩手県では久慈市の久慈城、二戸市の九戸城(九戸村になくて二戸市にあるのです)、江戸時代盛岡藩主南部家の城の盛岡城(日本100名城の一つ)、花巻市の花巻城、遠野市の阿曽沼氏(=遠野南部家)の鍋倉城などがあります。

城はコンクリート造りで階段で登ります。3階に展望室あり。

公園内には1600本の桜の木があるそうで、春に訪れていたらきれいだったことでしょう。広い駐車場があって、小高い山の上にある城だから下から登ったらチョットきついかも?

樹齢800年の杉の木。

幟に描かれているのが南部氏の家紋で、吉をもたらす鳥の二羽の鶴が向き合い、右の鶴は口を開け、左の鶴は口を閉じています。南部家の「向鶴紋」といいます。

サイカチの木と呼ばれる巨木。サイカチとは何なのか?は分かりまっせんげ。
高さ18m、太さ6m、樹齢400年だそうです。

この日の寝床は、八戸市に吸収された旧南郷町の道の駅「なんごう」です。そこへ行く途中、南部町の法光寺へ寄り道。

境内に入る門の両側には恐ろしい形相の仁王が。



名久井岳(615.2m)の中腹にあって、ゆっくりと散策したかったけど、時間がなく断念。
この日の夜は、国道340号線沿いにある道の駅「なんごう」で車中泊。リンゴが安くて一袋購入。大き目のリンゴが6個入っていて、300円しません。1個当たりが50円もせず安い!青森県は津軽だけではないのです!リンゴの産地は。
国道沿いだったけど、交通量は少なくぐっすりと寝れましたが、夜間から雨が降りだしてきて朝も雨でした。次に八戸市の根城に行きますが、それは次回。
今思えば、いい時に旅したな!と。11月に入って青森県ではクラスターが発生してコロナ感染者数が激増しているし、岩手県でも増えているし、ましてや「北海道から来ました」、と今云える状況ではないですからね。
この先、十分に気を付けて行動しなくては!
では、また!
ただ、コロナの感染者が急に増えていて怖いです。北海道に限ったことではなく全国で激増していて、これからさらに寒くなる季節、どれだけ増え続けるのか?そして予防策は?ワクチンは開発されるのか?不安材料はたくさんありますが、果たして年末や来年はどうなっていくのやら?
さて、ここは三戸町。ここへ来る前に岩手県の二戸市にある金田一温泉でお風呂(旅館で日帰り入浴500円)に入り、県をまたいで青森県入りし最初の町である三戸町へ来たわけです。
ちなみに、岩手県には二戸市、九戸村、一戸町があります。

博物館らしく見えますね。ここは三戸町の町立歴史民俗資料館で、入場料は確か250円くらいだったかな?

子供たちが郷土の歴史を勉強するのに持って来いの場所ですが、昭和の展示室は何処でも同じものを展示していますね。ブラウン管テレビや真空管ラジオ、ちゃぶ台など。

冬は雪がたくさん降るから、馬橇もあります。昔、これに乗って通学したこともありましたね。

この資料館の建物は隣りの城と繋がってはいますが、城に入るにはいったん出なくてはいけないのです。

3階建ての城は、ほぼ松前城と同規模。資料館の料金で見学できます。

その前に、千持石というものがありました。
そういえば、資料館には青森県初代横綱の鏡里関(175㎝、161㎏、昭和28年に横綱、昭和33年引退)のことが紹介されていましたが、彼がこの巨石を持ち上げたとか?なわけないですよね。

城の3階から町を見下ろすと、馬淵川が見えます。この川、岩手県北部北上山地の一戸町に源を発し、八戸市を流れて太平洋に注いでいます。岩手県と云えば北上川ですが、馬淵川も岩手に水源があるのですね。

甲斐の国の武将だった南部氏は平安時代の終わりごろに源頼朝につかえて、みちのくで活躍し、甲斐の国の南部、南部郷に領地をもらい名を南部とします。
時がたち、後醍醐天皇の時代、南部氏は青森県南部地方の奉行を命じられてこの地へやってきたのです。
ここで津軽や秋田北部の領主と争って14世紀には現在の青森県一帯を支配します。が、一族の争いから「三戸」と「根城(八戸市)」に分かれて、2つの南部氏が存在します。
16世紀になると、根城南部氏は勢力が後退し、三戸南部氏が強くなっていったのです。

ここは戦国時代末、北奥羽一帯を治めた三戸南部氏の居城ですが、青森県と岩手県には南部家のお城がいくつもあって、こちらでは「南部城巡り」が今ブームとか。
例えば、種里城は青森県鰺ヶ沢にありますが、ここは十三湖一帯を支配した安藤氏との攻防があり、津軽藩発祥の地ともあった城です。
さらに青森市の浪岡城、七戸町の七戸城、八戸市の根城、岩手県では久慈市の久慈城、二戸市の九戸城(九戸村になくて二戸市にあるのです)、江戸時代盛岡藩主南部家の城の盛岡城(日本100名城の一つ)、花巻市の花巻城、遠野市の阿曽沼氏(=遠野南部家)の鍋倉城などがあります。

城はコンクリート造りで階段で登ります。3階に展望室あり。

公園内には1600本の桜の木があるそうで、春に訪れていたらきれいだったことでしょう。広い駐車場があって、小高い山の上にある城だから下から登ったらチョットきついかも?

樹齢800年の杉の木。

幟に描かれているのが南部氏の家紋で、吉をもたらす鳥の二羽の鶴が向き合い、右の鶴は口を開け、左の鶴は口を閉じています。南部家の「向鶴紋」といいます。

サイカチの木と呼ばれる巨木。サイカチとは何なのか?は分かりまっせんげ。
高さ18m、太さ6m、樹齢400年だそうです。

この日の寝床は、八戸市に吸収された旧南郷町の道の駅「なんごう」です。そこへ行く途中、南部町の法光寺へ寄り道。

境内に入る門の両側には恐ろしい形相の仁王が。



名久井岳(615.2m)の中腹にあって、ゆっくりと散策したかったけど、時間がなく断念。
この日の夜は、国道340号線沿いにある道の駅「なんごう」で車中泊。リンゴが安くて一袋購入。大き目のリンゴが6個入っていて、300円しません。1個当たりが50円もせず安い!青森県は津軽だけではないのです!リンゴの産地は。
国道沿いだったけど、交通量は少なくぐっすりと寝れましたが、夜間から雨が降りだしてきて朝も雨でした。次に八戸市の根城に行きますが、それは次回。
今思えば、いい時に旅したな!と。11月に入って青森県ではクラスターが発生してコロナ感染者数が激増しているし、岩手県でも増えているし、ましてや「北海道から来ました」、と今云える状況ではないですからね。
この先、十分に気を付けて行動しなくては!
では、また!
コメント
コメント一覧 (4)
「最後の忠臣蔵」という映画で、佐藤浩市が茶店で休んでいる時、茶店の亭主に「あれがサイカチの木か?」と尋ねます。亭主が「花も実も結ばん醜い木でございます」というと、佐藤が「わしのようじゃ」と答えるシーンがありました。
「サイカチの木」教えていただきありがとうございました。京都にお住まいだと太秦の映画村があるから、芸能人と会えるチャンスはたくさんありますね。
それと歴史が豊かでうらやましいです。
北海道でも函館は歴史がある町ですが、それでも日本史に登場するのは15世紀以降で、特に幕末から戊辰戦争にかけて取り上げられますが、その点関西は日本史そのものですね。
中はジャズ喫茶みたいで、テーブルとイスがありfreeWi-Fiが効いていて、blog作りで助かりました。