11月23日月曜日、天気は晴れ。でも、気温は低く先ほど外を散歩してきたが、雪がチラッと舞っていました。11月の下旬だから、北海道では例年だと冬の季節に突入してもおかしくないけど、ここ数年は温暖化の影響か12月下旬になっても積雪は見られずホワイトクリスマスじゃない時もありましたからね。
さて、小坂町の2日目はキリスト教保育園である天使館の裏側にある小坂鉄道の駅だった「永楽町」から。
一つ手前の駅である「花園町」は芝居小屋である「康楽館」の前で、小坂駅から2つ目の駅。だから「永楽町」駅は3つ目の駅。始発駅の小坂駅からは、距離にしたら1kmもないんじゃないでしょうか?
小坂鉄道は、1908年(明治41年)に発展を続ける小坂鉱山の輸送力工場のため、小坂・大館間(22.3km)に小坂鉱山専用鉄道として開通。翌年には小坂鉄道株式会社が発足して、旅客・貨物輸送を担う鉄道として開業しています。
残念ながら、2009年(平成21年)住民に惜しまれながら全線廃止されて百年の歴史にピリオドが打たれました。

北海道でも、数多くの鉱山跡地を見てきましたが、小坂町はその街の歴史がそっくり残っていて見応えたっぷり!秋田県では鹿角市の尾去沢鉱山跡が資料館として見学できますが、小坂町は町を歩くだけでその雰囲気が感じられるから、素晴らしいのです。

病院記念棟は、1908年(明治41年)に建築されたもので、病院本館は小坂鉱山を代表する建築物の一つでした。秋田県内一の総合病院として創建され、当時のルネッサンス風外観は鉱山事務所と比べても見劣りしないほどの優雅さを見せていたといいます。
しかし、戦後の1949年(昭和24年)に焼失し、一部のみが今に残されていて見ることが出来ますが、それはほんの一部でしかないのが残念。

創建当時の小坂鉱山病院は、写真を見れば木造2階建ての、それこそ鉱山事務所に負けないほどの外観です。残って欲しかった建物です。

もう一度、鉱山事務所の外観を。ゆっくりと見学すれば1時間以上は必要です。内部には、レストラン「あかしあ亭」があり昔の洋食屋さん風のメニューがあって、古き良き時代を彷彿させています。
特産品ショップもあるし、「ハイカラ着せかえあそび」という名の衣装レンタルもあります。女性の方用に、ウエディングドレスもありますよ。

こちらは旧電練場妻壁という名の建物の一部。壁のみ残されていますが、旧電錬場とは銅の電解工場のことです。その一部が歴史的建造物として復元されています。

小坂町でしばらく時間を過ごした後、隣の青森県へ。道の駅「碇ヶ関」でblog作りをしてランチタイム。たまたまババヘラアイスのおじいさん(いつもはおばあさんがしているのでババハラと云うのだけど)の作る昔懐かしい味のするアイスクリームを食べて、弘前市の郊外、岩木山の麓に位置する久渡寺へ。

この看板を見てわかる通り、長ーい階段を登って観音堂へ行きます。実は、48年前の学生時代、ちょうど20歳の時のことですが、弘前市の親戚のお兄さんに車で連れられてここへ来ました。
長い階段を楽に登り(若かったのです!)その境内で見たものは、あの恐山で知られるイタコのおばあさんが依頼者のリクエストで亡くなった人の言葉をよみがえらせているいわゆる口寄せの場面でした。
時も夕方で、我々以外誰もいない広くて暗い境内に響くイタコの声は、とてもおどろおどろしく怖かったことを半世紀近く経過しているのにハッキリと記憶しています。

果てのないような長い階段を降りてくる人がいますね。登ったら降りなきゃならない階段。でも、行ってみましょう!

最初は勢いをつけて登って行ったが、だんだん脚にきてゆっくり歩き、何とかとうちゃこ!

狛犬ならぬ狛馬です。馬の神様では、遠野市のオシラ様という馬の神にして、蚕の神、農業の神の存在が信仰されていますが、これは東北特有の現象です。馬にきらびやかな衣装を身に着けて飾ったりしているのです。

こちらは狐の狛犬がいて、どうやら稲荷神社ですね。

久渡寺は、禅宗の一つの真言宗。そして、津軽三十三観音霊場の第1番札所です。

そして、観音堂の奥にあるのが、観音石像群。観音様の石像が一体いくつあるのでしょうか?
少なくとも数百、いやそれ以上ありそう。ここ、夜来たら怖くて逃げだしそう~

Wikipediaで調べてみると、ここのお寺には寺の宝として円山応挙作の幽霊画があるとか。さらに、昭和30年代までは、境内にいるイタコが津軽三十三観音の御詠歌とオシラ祭文の読誦をしていたとか。
実際、1999年には「久渡寺のオシラ講の習俗」は無形文化財に指定されています。
ちょっぴり怖いけど、もう少しここのお寺を散策して見ることにします。
次回は、ここ久渡寺の後編を紹介します。
では、また!
さて、小坂町の2日目はキリスト教保育園である天使館の裏側にある小坂鉄道の駅だった「永楽町」から。
一つ手前の駅である「花園町」は芝居小屋である「康楽館」の前で、小坂駅から2つ目の駅。だから「永楽町」駅は3つ目の駅。始発駅の小坂駅からは、距離にしたら1kmもないんじゃないでしょうか?
小坂鉄道は、1908年(明治41年)に発展を続ける小坂鉱山の輸送力工場のため、小坂・大館間(22.3km)に小坂鉱山専用鉄道として開通。翌年には小坂鉄道株式会社が発足して、旅客・貨物輸送を担う鉄道として開業しています。
残念ながら、2009年(平成21年)住民に惜しまれながら全線廃止されて百年の歴史にピリオドが打たれました。

北海道でも、数多くの鉱山跡地を見てきましたが、小坂町はその街の歴史がそっくり残っていて見応えたっぷり!秋田県では鹿角市の尾去沢鉱山跡が資料館として見学できますが、小坂町は町を歩くだけでその雰囲気が感じられるから、素晴らしいのです。

病院記念棟は、1908年(明治41年)に建築されたもので、病院本館は小坂鉱山を代表する建築物の一つでした。秋田県内一の総合病院として創建され、当時のルネッサンス風外観は鉱山事務所と比べても見劣りしないほどの優雅さを見せていたといいます。
しかし、戦後の1949年(昭和24年)に焼失し、一部のみが今に残されていて見ることが出来ますが、それはほんの一部でしかないのが残念。

創建当時の小坂鉱山病院は、写真を見れば木造2階建ての、それこそ鉱山事務所に負けないほどの外観です。残って欲しかった建物です。

もう一度、鉱山事務所の外観を。ゆっくりと見学すれば1時間以上は必要です。内部には、レストラン「あかしあ亭」があり昔の洋食屋さん風のメニューがあって、古き良き時代を彷彿させています。
特産品ショップもあるし、「ハイカラ着せかえあそび」という名の衣装レンタルもあります。女性の方用に、ウエディングドレスもありますよ。

こちらは旧電練場妻壁という名の建物の一部。壁のみ残されていますが、旧電錬場とは銅の電解工場のことです。その一部が歴史的建造物として復元されています。

小坂町でしばらく時間を過ごした後、隣の青森県へ。道の駅「碇ヶ関」でblog作りをしてランチタイム。たまたまババヘラアイスのおじいさん(いつもはおばあさんがしているのでババハラと云うのだけど)の作る昔懐かしい味のするアイスクリームを食べて、弘前市の郊外、岩木山の麓に位置する久渡寺へ。

この看板を見てわかる通り、長ーい階段を登って観音堂へ行きます。実は、48年前の学生時代、ちょうど20歳の時のことですが、弘前市の親戚のお兄さんに車で連れられてここへ来ました。
長い階段を楽に登り(若かったのです!)その境内で見たものは、あの恐山で知られるイタコのおばあさんが依頼者のリクエストで亡くなった人の言葉をよみがえらせているいわゆる口寄せの場面でした。
時も夕方で、我々以外誰もいない広くて暗い境内に響くイタコの声は、とてもおどろおどろしく怖かったことを半世紀近く経過しているのにハッキリと記憶しています。

果てのないような長い階段を降りてくる人がいますね。登ったら降りなきゃならない階段。でも、行ってみましょう!

最初は勢いをつけて登って行ったが、だんだん脚にきてゆっくり歩き、何とかとうちゃこ!

狛犬ならぬ狛馬です。馬の神様では、遠野市のオシラ様という馬の神にして、蚕の神、農業の神の存在が信仰されていますが、これは東北特有の現象です。馬にきらびやかな衣装を身に着けて飾ったりしているのです。

こちらは狐の狛犬がいて、どうやら稲荷神社ですね。

久渡寺は、禅宗の一つの真言宗。そして、津軽三十三観音霊場の第1番札所です。

そして、観音堂の奥にあるのが、観音石像群。観音様の石像が一体いくつあるのでしょうか?
少なくとも数百、いやそれ以上ありそう。ここ、夜来たら怖くて逃げだしそう~


Wikipediaで調べてみると、ここのお寺には寺の宝として円山応挙作の幽霊画があるとか。さらに、昭和30年代までは、境内にいるイタコが津軽三十三観音の御詠歌とオシラ祭文の読誦をしていたとか。
実際、1999年には「久渡寺のオシラ講の習俗」は無形文化財に指定されています。
ちょっぴり怖いけど、もう少しここのお寺を散策して見ることにします。
次回は、ここ久渡寺の後編を紹介します。
では、また!
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