11月19日金曜日、天気は雨時々曇りで、気温は最高で15度くらいまで上昇するとか。今週は雪のマークはなかったけど、来週あたりからはかなり冷え込んできて降雪の日があるかもしれないです。それだけ冬に一歩ずつ近づいてきている、ということですね。
さて、朝素晴らしいニュースが入ってきました。大谷翔平選手が、メジャーリーグのMVPに満場一致で選出されたことです。投手として9勝、打者としてホームラン46本、打点100点、盗塁26個は世界中の誰もが出来ない成績です。当然の最優秀選手でしょうが、まさに称賛に値すること!来年もケガしないで今まで以上の成績を上げることを期待します。

もう一つ、個人的なことですが、うれしいニュース。それはこのblogの総閲覧者数が27万人を越えたこと!2013年2月から8年と9か月で達成しましたが、実に亀のごとくゆっくりと、平均毎日100人前後くらいのペースで閲覧していて、それの合計が27万人になったわけです。いつまで続くか分かりませんが、体の出来る限り継続していきたいです。「継続は力なり!」をモットーに来年も旅してblogにアップしたいです!

さて、ここは今金町の神丘にある旧神丘小学校。北海道の地名はアイヌ語由来のところが多いのですが、今金は違います。町の名前は、1893年(明治26年)に、同地に入植した2人の人物、それは今村藤次郎さんと金森石郎さんの、それぞれの名字からひとつずつ取ったものです。
今村さんの今と金森さんの金から今金と名付けられたのです。神丘の地名は、前回のblogにあったように昔は「インマヌエル」だったのですが、それが神の丘という風に変更されています。
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1898年(明治31年)、現在の校舎のある地点から南へ1.9km離れた場所に仮校舎が建設され、子供たちが通学し始めたといいます。5年後に現在の地へ移転します。昭和の初め頃は今縫留(インマヌエル)尋常小学校、それが1933年(昭和8年)に神丘小学校と改称されています。
現在の校舎は、1969年に火災で全焼後、現在地に再建されていますから、今年で52年目の建物です。
2008年(平成20年)に子供数が減少したことから閉校し、現在は神丘連合自治体が管理して地域住民に活用されているとのことです。
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校章をご覧ください。神丘の文字がありますが、それの上下左右にあるのは十字架です。やはり、ここは神の丘。キリスト教精神がここにも生きていたのです。
戦時下では、はっきりした十字架は使用できなかったので、膨らみを持たせたペン風の十字架になっていますが、神の丘の名にに相応しい校章ですね。
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庭を見たら「創立80周年記念」の碑がありました。1978年(昭和53年)に造られたものですね。
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一方、こちらは100周年。1998年(平成10年)のものですね。
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さらに北へと向かいます。神丘の北の地名は鈴岡。さらに小倉山へと続きますが、鈴岡で見かけた石碑。拓水魂とあります。多分、原生林を切り開き、水利を設けたのでしょう。その先人たちの魂を今の人たちは受け継いでいるはずです。
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これも同じで、ここを開拓した人たちは苦労したことでしょう。
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神丘と違って、ここはキリスト教開拓者の人が開拓したわけではなく、本州の各地から入植した人たちが切り開いたから、「〇〇神」の文字が見えますね。
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それにしても広大な農地。真っ平というわけではないけど、丘陵上の地を農地へ変えていて、今では大規模大型機械化農業をしており、まさに北海道の農業の代表的な地の一つです。ここではコメの生産ですね。江戸時代はコメの生産が出来なかった北海道、明治以降も北海道のコメは不味い!との悪評があったけど、平成になってからは美味しい特一等米の生産が出来るようになって来たのです。
それは、どこかの老政治家が言う「温暖化のせいで北海道の米は美味しくなった」のではなく、生産者の血のにじむような努力があったからなのです。寒冷地でも育つ品種の改良など長年の努力が文字通り実ったのです。
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こちらは、葉野菜ですね。遠くの山の麓までずーっと続いています。
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珍しいサイロ!最近はほとんどサイロは壊されていて、牧草ロールの倉庫で賄っていますが、きっと昔からあるものでしょう。
一番奥に見える山は狩場山(1520.2m)、右の山はメップ岳(1147.5m)。
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山々の稜線は、桧山と後志を分ける境界線。山を越えると後志管内です。山の南側が道南です。
しばらく走り後志利別川の支流である利別目名川を越えて西へ行くと、今金町からせたな町の小倉山地区へ。ここで小学校発見!小倉山小学校です。
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6,7年前にここを通過した時、ここの子供たちが自転車で走っていたのを見かけました。その時は、まだ学校は健在だったのですが・・・。
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調べたら、2015年(平成27年)3月31日に閉校していたのです。明治38年に「小倉山簡易教育所」として認可を受けてから、明治42年「小倉山尋常小学校」、戦後の昭和22年に「小倉山小学校」へ。
小規模校ですが、特色ある学校経営をしてきたのです。それも少子化の影響で閉校となったのです。
立派な校舎と体育館、何かに役立てないかな?と思うのですが・・・。

では、また!