12月27日月曜日、天気は晴れたり曇ったりで、気温は1日中マイナスの真冬日。でも、積雪は数センチ程度で、いつもと同じような冬景色です。
テレビで見たら、滋賀県や鳥取県では豪雪で交通がマヒしているとか。普段雪に慣れていない地域の人にとって、数十㎝の雪ではパニックになっていることでしょうね。ニュースを見てたら、冬タイヤを履いていない車もあった、とか。北国の人間にとって、冬はしっかりと準備するもので、特に地方では車は必需品だし冬タイヤ装着は当然のことなので、夏タイヤで走行するなんて、信じられないことです。数年前にも首都圏で豪雪があった時に、夏タイヤの車がパトカーに衝突する映像を見た時には、呆れたことがありましたが。
冬は雪が降るもの、積もるもの。四季の変化のある日本で、それぞれの四季に合わせた生活スタイルがあることを忘れてはいけませんね。
さて、10月の旅はよく雨に降られました。この日は10月13日でしたが、その前日も朝から雨。この日も朝から雨。画面を見ても道路が濡れているからお分かりですね。
ここは石巻市、東北最大の河川である北上川河口から4㎞の河畔沿いにある旧大川小学校跡地。

津波がやって来るのも分かりながら、避難せずに児童74名・教職員10名の計84名が犠牲となりました。自分は、2013年4月からここへ来るのはもう8度目くらい。春だけではなく秋にも来ているから、ここの景色がどんどん変化しているのが分かります。
でも、この校舎だけは変わらずに震災遺構として残ってくれました。

グランドに50分以上も待たされ、挙句の果てに右端に見えている北上大橋へ向かって歩いていて被害に遭われたのです。

山側には、立派な建物が。これは初めて見たもので資料館だろうか?トイレ?朝早かったのです閉じられていました。山の高さは100ⅿもありませんし、急傾斜というわけではない。

グランド奥の沢沿いから登れば険しくなく、低学年の児童でも登れたはず。どうして当時の管理職の人は考えなかったのだろうか?校長不在のあの日、教頭や事務長、教職員が恐れていたのは、何だったのか?山に逃げた際にけが人が出たら自分の出世のマイナスになる、海から4㎞も離れているから津波はここまで来ないはず、と考えたのだろうか?

復興工事にあたっていたトラックなどの工事車両の駐車場は、訪問者用の駐車場へ様変わり。きれいに整備されました。でも、犠牲者は戻ってきません。10年経過した今は、当時のことを学び、「津波、即高い場所へ避難!」を教訓としてもらいたいものです。

太平洋沿いを北上し、南三陸町へ。まずは、名勝神割崎へ。

地域がトラブっていた時、神が巨岩を割って解決した!という。
詳しくは、下の説明をお読みください。

実際に行って見た2つに割れた巨岩。
一番下の波打ち際まで行けますが、波が荒く濡れてしまうので上から撮影。

さらに北上し、南三陸町の市街地を過ぎて荒島パークへ。ここへ来たら、やっと雨が上がって曇り空へ。

向かいの島へ道が出来ていますが、風が強いし、雨でぬれていて滑りやすいので渡らず。対岸には神社があるようですね。
南側の湾。対岸にはホテル。その向こう側が石巻市や女川地区のある牡鹿半島。

海岸線が断崖絶壁の続くギザギザのリアス式海岸であることが分かりますね。リアは、スペイン語で「ノコギリ」。のこぎりのような形をした海岸、分かりますね。島が点在しています。

地図を見ると、ご覧のよう。ここも晴れていれば素晴らしい絶景ポイントだし、トイレも完備しているから車中泊には最適です。

左に、「モアイ岩」があるのでよく見てみよう!
場所は、下の地図を見るとお分かりですね。


そういえば、三陸自動車道は八戸から石巻市まで全線開通した記事が最近載っていましたね。全線無料で走行出来ますが、高いところから高速で通過するのは面白くない。やっぱり、旅をするなら下道で地元と接する道を走らなければ!上から見下ろすよりも、同じ目線で旅をしなきゃ!と思うのですが。

で、モアイ岩は見たが、どれがどれだか分からず。モアイの顔には全然似ていなかったのでした。

ということで、この日は雨が降ったり止んだりの繰り返しで、寒い1日でした。そして、宮城県から岩手県へと入ります。
次回は、岩手県陸前高田市からお伝えします。
年末になり慌ただしい日々を送っていることでしょう。あせらず、あわてずのんびりと、そしてゆっくりと生活しましょう。もう4回寝るとお正月です!
では、また!
テレビで見たら、滋賀県や鳥取県では豪雪で交通がマヒしているとか。普段雪に慣れていない地域の人にとって、数十㎝の雪ではパニックになっていることでしょうね。ニュースを見てたら、冬タイヤを履いていない車もあった、とか。北国の人間にとって、冬はしっかりと準備するもので、特に地方では車は必需品だし冬タイヤ装着は当然のことなので、夏タイヤで走行するなんて、信じられないことです。数年前にも首都圏で豪雪があった時に、夏タイヤの車がパトカーに衝突する映像を見た時には、呆れたことがありましたが。
冬は雪が降るもの、積もるもの。四季の変化のある日本で、それぞれの四季に合わせた生活スタイルがあることを忘れてはいけませんね。
さて、10月の旅はよく雨に降られました。この日は10月13日でしたが、その前日も朝から雨。この日も朝から雨。画面を見ても道路が濡れているからお分かりですね。
ここは石巻市、東北最大の河川である北上川河口から4㎞の河畔沿いにある旧大川小学校跡地。

津波がやって来るのも分かりながら、避難せずに児童74名・教職員10名の計84名が犠牲となりました。自分は、2013年4月からここへ来るのはもう8度目くらい。春だけではなく秋にも来ているから、ここの景色がどんどん変化しているのが分かります。
でも、この校舎だけは変わらずに震災遺構として残ってくれました。

グランドに50分以上も待たされ、挙句の果てに右端に見えている北上大橋へ向かって歩いていて被害に遭われたのです。

山側には、立派な建物が。これは初めて見たもので資料館だろうか?トイレ?朝早かったのです閉じられていました。山の高さは100ⅿもありませんし、急傾斜というわけではない。

グランド奥の沢沿いから登れば険しくなく、低学年の児童でも登れたはず。どうして当時の管理職の人は考えなかったのだろうか?校長不在のあの日、教頭や事務長、教職員が恐れていたのは、何だったのか?山に逃げた際にけが人が出たら自分の出世のマイナスになる、海から4㎞も離れているから津波はここまで来ないはず、と考えたのだろうか?

復興工事にあたっていたトラックなどの工事車両の駐車場は、訪問者用の駐車場へ様変わり。きれいに整備されました。でも、犠牲者は戻ってきません。10年経過した今は、当時のことを学び、「津波、即高い場所へ避難!」を教訓としてもらいたいものです。

太平洋沿いを北上し、南三陸町へ。まずは、名勝神割崎へ。

地域がトラブっていた時、神が巨岩を割って解決した!という。
詳しくは、下の説明をお読みください。

実際に行って見た2つに割れた巨岩。
一番下の波打ち際まで行けますが、波が荒く濡れてしまうので上から撮影。

さらに北上し、南三陸町の市街地を過ぎて荒島パークへ。ここへ来たら、やっと雨が上がって曇り空へ。

向かいの島へ道が出来ていますが、風が強いし、雨でぬれていて滑りやすいので渡らず。対岸には神社があるようですね。
南側の湾。対岸にはホテル。その向こう側が石巻市や女川地区のある牡鹿半島。

海岸線が断崖絶壁の続くギザギザのリアス式海岸であることが分かりますね。リアは、スペイン語で「ノコギリ」。のこぎりのような形をした海岸、分かりますね。島が点在しています。

地図を見ると、ご覧のよう。ここも晴れていれば素晴らしい絶景ポイントだし、トイレも完備しているから車中泊には最適です。

左に、「モアイ岩」があるのでよく見てみよう!
場所は、下の地図を見るとお分かりですね。


そういえば、三陸自動車道は八戸から石巻市まで全線開通した記事が最近載っていましたね。全線無料で走行出来ますが、高いところから高速で通過するのは面白くない。やっぱり、旅をするなら下道で地元と接する道を走らなければ!上から見下ろすよりも、同じ目線で旅をしなきゃ!と思うのですが。

で、モアイ岩は見たが、どれがどれだか分からず。モアイの顔には全然似ていなかったのでした。

ということで、この日は雨が降ったり止んだりの繰り返しで、寒い1日でした。そして、宮城県から岩手県へと入ります。
次回は、岩手県陸前高田市からお伝えします。
年末になり慌ただしい日々を送っていることでしょう。あせらず、あわてずのんびりと、そしてゆっくりと生活しましょう。もう4回寝るとお正月です!
では、また!
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