1月21日金曜日、天気は晴天で気温は日中プラス気温へ。昨日を除いて最近は冬にしては昼間は暖かな日々が続いています。道内では、道南を除くとかなり冷え込んでいて、幌加内町ではマイナス25℃を下回ったとか。今シーズン最大の寒さですが、函館ではせいぜい最低でもマイナスの一けた台だから、全然寒さが違いますね。その代わり、マイナス15℃を下回るとサンピラーやダイヤモンドダストといった真冬の美しい光景を見るとことが出来ますが、やっぱり寒いのは嫌!

今日から2日間にわたって19日の快晴の日に今年初の函館山を登山したことを紹介いたします。まずは、第1回目。19日で良かったです。20日だと20㎝程の雪が降って積もっていたから、歩けなかったかもしれません。それでも、冬山を歩くのは久しぶりだからさすがに疲れました!
途中の市街地を見下ろすことができる地から1枚目です。雲はほとんどなく快晴の日であることが分かりますね。
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スタートは、9時過ぎでいつものように護国神社周辺の駐車できる道路に車を停めて、登山道へ。杉の木が並ぶ一般的なコースを歩きます。ここのルートは毎日のように登山者が歩いているから、降り積もった雪は踏み固められて歩きやすいのですが・・・。
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戦前までは、軍が管理して市民は立ち入り禁止の函館山。逆に言うと、自然は守られていて夏だと植物は豊富。野鳥もたくさんいます。午前9時30を過ぎたのに、やっと太陽が顔を出してきましたね。それまでは向かいの山の潮見山の陰に入っていて日陰の中を歩いていたのです。
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なぜこの日は辛かったのか?というと。失敗は、一つ目に靴選び。長靴が良かったのに、冬用にブーツで来たことがミス。それと靴下もダメでした。登山用の厚いものを履いてきたが、長い間タンスの肥やしになっていて使用せず。それで、経年劣化か?伸びてしまっていて何度も履き直す羽目になり、ペースが乱れたのでした。駄目ですね。しっかりと準備しなきゃ!
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ここまでは何とか来れたけど、これ以上山頂まで行くのはキツイ!よって、334mの山頂へは行かず函館山山系の薬師山(262m)へ変更。函館山は幾つかの山の総称で、一番高い山は御殿山(334m)で、他にも観音山、地蔵山、潮見山、牛の背山、エゾダテ山とかいろいろあるのです。
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コースを代えたら、こんな道で一人歩くのがやっとの狭さで、これまた大変。おまけに滑って足がとられるのです。
来た道を振りかえると、ここも何人かは来ているのでしょうコースが出来ています。
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正面に見える岩の塊は、昔100万年前の火山で噴出した溶岩。火山島だった函館山です。もちろん今は火山は死滅していますよ。
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島だった函館山は、長い間かかって砂州により陸繋島へ。両側からの漂砂現象によって向かいの地とつながったのです。
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津軽海峡方面を見ると、遠くは霞んでいて下北半島は見えず。晴れ渡ると、津軽半島の奥深くに100㎞以上離れた岩木山が見えるけど、今日は20㎞離れた下北半島すら見えず。
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左の山陰の奥には駒ケ岳がはっきりと見えていました。
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すごくゴツイ感じの岩の塊。岩の上にも木々が育っていて、自然の力は偉大であることが分かります。
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たまたまロープウェイが朝の試運転中。客は一人もいません。最近のオミクロン株の大流行によって、またしても観光客は激減してロープウェイも苦労していると新聞に出ていました。実際、我が家から見えるホテル群も部屋の明かりがまばらで客が少ないことが分かるのです。
今日の感染者数は、札幌だけで900人を超えるとか。函館は連日46人の過去最高を出していて心配です。道内全体では1400人をオーバー。
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薬師山は、要塞があった山。津軽海峡は国際海峡でどこの国の船でも航行自由。軍艦でも潜水艦でもそう。
明治の時代はどうだったかはわかりませんが、日清戦争に勝利した日本に対し、ロシアは三国干渉して清国に進出して日本を脅かします。そこで、対ロシアの防衛強化のために函館山に砲台を建設したのです。
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写真にあるように砲台が設けられたのです。実際は、一発も砲撃されず。攻撃されることもありませんでした。第二次世界大戦では、終戦間近の昭和20年7月14日15日にアメリカ軍の大空襲がありましたが、米軍の爆撃機にはまったく役には立たたず、市街地は甚大な被害を受けたのです。

次回は、この薬師山に設置された要塞基地を探し調べてみたことを紹介します。
では、また!