8月17日水曜日、天気は朝から快晴で気温は27℃まで上昇する見込みの暑い夏の1日です。昨日の雨は道内各地で被害をもたらし避難した地域もあって、北海道には珍しいほどの真夏の豪雨でした。今日は西日本で大雨になっているそうで、日本列島のみならず世界中が異常気象に飲み込まれていて、この先地球はどうなっていくんでしょう?
さて、伊達市の北黄金貝塚を出てここは室蘭市の鷲別岳(室蘭岳 911.1m)の麓、室蘭岳山麓総合公園です。冬はスキー場にもなっていますね。

クッキリと晴れていれば室蘭市街地も見えるのだけど、残念ながら視界は悪い。

広い公園になっていて、遊具もあるけどこの日6月7日火曜日は平日だったから子供の姿はありません。

登山しようかな?とも思ったけど、山頂は天気が変わりやすいのと、単独だと熊との遭遇の心配もあり断念。1000mもない低山だから、今度晴れた日に挑戦することにします。

で、室蘭市から登別市を経てクッタラ湖へ。漢字で書くと、具多楽湖。標高は258mのカルデラ湖です。だから周囲は外輪山の山々。

流れ出ている川はなく、入る川は沢水程度。周囲8㎞だけど、一周道路はなくここへ来るのは国道36号線から登別温泉へ行く道道2号線の途中で、道道350号線への山道に入り登別温泉へ抜ける道1本しかありません。

地図を見たら、最初は登別市の区域かな?と思ったら白老町に属していて驚き!道路はほとんど登別市だから。
最大深度は148mで、透明度は19mもあるから摩周湖に次ぐくらいのきれいな湖です。調べてみたら、やはり摩周湖に次ぐ日本第2位の透明度でした。

休める場所はここくらいで、駐車場には5台分だけ。もっとも、それほど訪れる人もいない閑静な場所です。唯一の建物があって、そこではカヌーを売りにしている場所。観光客を乗せて早速トレーニングしていますね。

気持ちよさそう~!湖の底も見えるほどのきれいさだから、沖合に出てたらもっと底が見えてキレイでしょうね。


ここでランチを作って食べ、白老町で見学した居場所へ!途中の外輪山の峠でパチリ!
ここがきれいなのは、①湖畔にお土産物屋など売店がないこと、②駐車スペースが少ないこと、③一周道路がないこと、④観光客がそれほど来ていないこと、⑤入り込む川がないことなどがあるでしょうね。

で、東隣の町の白老町へ。ここで見学したかったのは、5月の旅で見学できなかった「仙台藩白老元陣屋資料館」。5月は、朝早く来て(朝8時に到着)、開館の9時30分まで待つのが面倒だったので見学できず。それで、今回は午後2時過ぎに到着。ゆっくりと見学できたのでした。
紫色の幟には、仙台藩(伊達藩)の家紋である(竹にスズメが向き合っている姿)が描かれています。伊達市の資料館で尋ねたら、何種類かあったといいます。これは代表的な家紋で、四国の宇和島藩(伊達家)もこれだし、米沢藩(伊達政宗誕生の地)もこれ。
仙台藩は伊達家の中心にあたり、仙台に城を構えた東北最大の藩にして、支藩を12もかかえていましたからね。藩祖は、もちろん独眼竜の伊達政宗。

幕末に、ロシアの南下を脅威に感じた幕府は東北の諸藩に、当時蝦夷地と呼ばれた北海道の警備を命じます。仙台藩は白老町から東、襟裳岬から国後島、択捉島までの東蝦夷地(北海道の東半分)を守備範囲として、その拠点をここ白老を定めたのです。
広い公園になっていて、それは無料で見学できますので、それについては5月の旅で紹介しています。
入館料300円くらいだったかな?支払い入ります。

いくら寒さに強い東北のサムライたちでも、江戸時代の北海道の冬は厳しい! 飢えと寒さで亡くなる人もいたのでした。
それにしても、北海道と伊達藩の関係はかなりありますね。明治維新後に北海道に入植した伊達藩の人たちはたくさんいましたからね。仙台のサムライたちは北海道へ来なかったけど、支藩の人たちは食えないから北海道へ渡り開拓していったのです。

ここへは陸路ではなく海路、船で来たといいます。確かに噴火湾を回る道はなかったし、歩けばかなり険しい道。それよりは仙台から太平洋を北上した方が早いですからね。

アイヌの人たちとも交流があって、毎年お祭りが行われているのは昨日の新聞でも知りました。松前藩はアイヌ人をかなり搾取したけど、本州の人たちはアイヌ人抜きに蝦夷地を歩くことは出来なかったから大事に扱ったのでしょうね。北海道の名付け親の松浦武四郎は、アイヌ人抜きでは道内を巡ることは出来なかったのです。

左の丸に3本の家紋も仙台藩の家紋ですね。伊達市の資料館でも拝見しました。

で、この日は胆振管内の東、むかわ町の道の駅で車中泊。「HO」を使って無料で温泉に入り翌日さらに東の日高管内へと向かいました。
次回は、むかわ町で見つけた幕末の八王子千人同心の墓、それと1970年代のUFOブーム時に建てられた宇宙人との交信基地(?)を訪れます。
では、また!

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さて、伊達市の北黄金貝塚を出てここは室蘭市の鷲別岳(室蘭岳 911.1m)の麓、室蘭岳山麓総合公園です。冬はスキー場にもなっていますね。

クッキリと晴れていれば室蘭市街地も見えるのだけど、残念ながら視界は悪い。

広い公園になっていて、遊具もあるけどこの日6月7日火曜日は平日だったから子供の姿はありません。

登山しようかな?とも思ったけど、山頂は天気が変わりやすいのと、単独だと熊との遭遇の心配もあり断念。1000mもない低山だから、今度晴れた日に挑戦することにします。

で、室蘭市から登別市を経てクッタラ湖へ。漢字で書くと、具多楽湖。標高は258mのカルデラ湖です。だから周囲は外輪山の山々。

流れ出ている川はなく、入る川は沢水程度。周囲8㎞だけど、一周道路はなくここへ来るのは国道36号線から登別温泉へ行く道道2号線の途中で、道道350号線への山道に入り登別温泉へ抜ける道1本しかありません。

地図を見たら、最初は登別市の区域かな?と思ったら白老町に属していて驚き!道路はほとんど登別市だから。
最大深度は148mで、透明度は19mもあるから摩周湖に次ぐくらいのきれいな湖です。調べてみたら、やはり摩周湖に次ぐ日本第2位の透明度でした。

休める場所はここくらいで、駐車場には5台分だけ。もっとも、それほど訪れる人もいない閑静な場所です。唯一の建物があって、そこではカヌーを売りにしている場所。観光客を乗せて早速トレーニングしていますね。

気持ちよさそう~!湖の底も見えるほどのきれいさだから、沖合に出てたらもっと底が見えてキレイでしょうね。


ここでランチを作って食べ、白老町で見学した居場所へ!途中の外輪山の峠でパチリ!
ここがきれいなのは、①湖畔にお土産物屋など売店がないこと、②駐車スペースが少ないこと、③一周道路がないこと、④観光客がそれほど来ていないこと、⑤入り込む川がないことなどがあるでしょうね。

で、東隣の町の白老町へ。ここで見学したかったのは、5月の旅で見学できなかった「仙台藩白老元陣屋資料館」。5月は、朝早く来て(朝8時に到着)、開館の9時30分まで待つのが面倒だったので見学できず。それで、今回は午後2時過ぎに到着。ゆっくりと見学できたのでした。
紫色の幟には、仙台藩(伊達藩)の家紋である(竹にスズメが向き合っている姿)が描かれています。伊達市の資料館で尋ねたら、何種類かあったといいます。これは代表的な家紋で、四国の宇和島藩(伊達家)もこれだし、米沢藩(伊達政宗誕生の地)もこれ。
仙台藩は伊達家の中心にあたり、仙台に城を構えた東北最大の藩にして、支藩を12もかかえていましたからね。藩祖は、もちろん独眼竜の伊達政宗。

幕末に、ロシアの南下を脅威に感じた幕府は東北の諸藩に、当時蝦夷地と呼ばれた北海道の警備を命じます。仙台藩は白老町から東、襟裳岬から国後島、択捉島までの東蝦夷地(北海道の東半分)を守備範囲として、その拠点をここ白老を定めたのです。
広い公園になっていて、それは無料で見学できますので、それについては5月の旅で紹介しています。
入館料300円くらいだったかな?支払い入ります。

いくら寒さに強い東北のサムライたちでも、江戸時代の北海道の冬は厳しい! 飢えと寒さで亡くなる人もいたのでした。
それにしても、北海道と伊達藩の関係はかなりありますね。明治維新後に北海道に入植した伊達藩の人たちはたくさんいましたからね。仙台のサムライたちは北海道へ来なかったけど、支藩の人たちは食えないから北海道へ渡り開拓していったのです。

ここへは陸路ではなく海路、船で来たといいます。確かに噴火湾を回る道はなかったし、歩けばかなり険しい道。それよりは仙台から太平洋を北上した方が早いですからね。

アイヌの人たちとも交流があって、毎年お祭りが行われているのは昨日の新聞でも知りました。松前藩はアイヌ人をかなり搾取したけど、本州の人たちはアイヌ人抜きに蝦夷地を歩くことは出来なかったから大事に扱ったのでしょうね。北海道の名付け親の松浦武四郎は、アイヌ人抜きでは道内を巡ることは出来なかったのです。

左の丸に3本の家紋も仙台藩の家紋ですね。伊達市の資料館でも拝見しました。

で、この日は胆振管内の東、むかわ町の道の駅で車中泊。「HO」を使って無料で温泉に入り翌日さらに東の日高管内へと向かいました。
次回は、むかわ町で見つけた幕末の八王子千人同心の墓、それと1970年代のUFOブーム時に建てられた宇宙人との交信基地(?)を訪れます。
では、また!
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