9月15日木曜日、天気は晴れで最高気温は24℃になり涼しい秋らしい過ごしやすいです。最低気温は15℃で、最近は1日の寒暖差が10℃ほどあって服を脱いだり着たりが多い。内陸部の町では20℃にもなり、北部の名寄市では朝方は3℃と「霜注意報」が出ているほど。それでも昼間は最高で25℃にまで達するから暑いのです。今の時期は体調管理に気を付けなきゃいけないですね。

さて、ここは厚岸町のバラサン岬。昨日お伝えした国泰寺からは距離にして300mほどの場所です。
IMG_0220

























海岸へ下りて見たら、名も知らない海辺の花が咲いていて、こんな場所にもけなげに花が咲くんだ!と感心。
IMG_0221

























昔、といっても20数年前の話ですが。厚岸水産高校(現在は厚岸翔洋高校)の若き先生が、荒れている高校を生徒たちと一緒になって学校を立て直した本「バラサン岬にほえろ」を読んだことがあります。
当時は学校の序列があって、普通高校、工業高校、農業高校と来て、最後に水産高校が来るという一番低い学校との評価だったそうです。それを覆すぞ!と孤軍奮闘した本でした。
IMG_0222

























漁業の町らしく小さいけど造船所がいくつもあり、そばにはこんな木造船が置かれていてビックリ!まるで江戸時代の北前船みたいな構造ですよ。
IMG_0223

























厚岸駅へ。駅横に「カキ弁当」を販売するお店があったけど、閉じていました。以前来た時は買えて、とても美味しかったのですが。釧路から根室までの花咲線では数少ない駅員さんがいる有人駅です。
IMG_0224

























海岸線を走ります。太平洋岸の厚岸湾に出ます。右は釧路町の尻羽岬。左は大黒島。小さな島は名前の通り、小島
IMG_0225

























で、小島をズーム。夏の間、昆布を採って干すために、漁師さんたちが生活する番屋が10数軒ありますね。奥の大黒島は、断崖絶壁の海岸です。うかつに近づけない険しい島のように見えます。
IMG_0226

























それでも、過去に馬を放牧していて、今では野生化した馬がいるとか。もっとも、この島へはフェリーもないし行くなら漁船をチャーターしなくてはならないのです。
IMG_0227

























少し進むと、末広海岸へ。ここは、江戸時代後半というか末期に近い1850年にオーストラリアの南にあるタスマニア島ホバートから捕鯨船が来て、ここの沖合で遭難。厚岸の住民は乗組員32名を救助したそうな。
それで、今では厚岸町とホバートの隣町のクラレシスと姉妹都市の関係を結んでいるそうです。
IMG_0228

























この日は穏やかな海でも、冬の荒れた日などは波も高いし、ましてや海水温は低いし、遭難した日は4月16日のことだったからまだまだ海水は冷たく大変だったことでしょう。
知床の遊覧船が遭難した日は4月下旬のこと。海水温度は3℃だったと云いますから、どれだけ冷たいことか!3分持たない、と云われています。
IMG_0229

























後ろは崖で、波打ち際沿いに漁師さんの家が点在。道路は山側にあり、そこまではの急傾斜の登りの道があるます。海岸線の道路はすぐ先で行き止まり。
IMG_0230

























ガスって来ましたね。この辺りは寒流の千島海流が流れて、海水温度は冷たい。陸地は7月だから太陽に照らされて地面の温度は高い。その差はかなりあります。まるで、冷凍庫を開けた直後もガス(雲)が出るように、ここでも同じようにガスっているのです。
IMG_0231


























IMG_0232

























 ということで、次回はガスの中厚岸町のあやめケ原へ行きます。あやめケ原は霧の中でした。
では、また!
にほんブログ村 ランキングに参加しています。よろしかったら応援クリックお願いします。