11月7日月曜日、今日は暦の上では、立冬。天気は今日も秋晴れの良い日です。もっとも、気温は朝方は0.9℃まで冷え込みましたが、家の中ではそんなに感じず。逆に太陽が出てからは暖かくなって、日中は12℃まで上昇していて、上着だけで散歩しても大丈夫な空模様でした。

さて、秋の旅の2回目は、大間町の東隣の漁業中心の村である「風間浦(かざまうら)村」から。
下の看板の地図の下にある下北半島のもっとも北西にあるのが本州最北端の大間町でしたが、その東側に位置しているのが風間浦村です。で、今いる場所は村の中でも西の端の蛇浦(へびうら)地区。大間町との境から少し東へ行った場所です。風間浦村には3つの地区があって、今日はそれぞれ登場します。まずは、一つ目の蛇浦から。
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津軽海峡に沿って走る国道279号線。ここは小さな公園になっていて何やら石碑がありますね。
「布海苔発祥の由来碑」が書かれていました。
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明治時代の初期、舟入間の工事、つまり護岸や防潮堤の工事をして港を造っている時に、工事で余った大量の捨て石ががあったそうです。工事で要らなくなった石が海の中に捨てられたのです。翌年、その石に布海苔(フノリ)が付いていて、それを売り住民の糧にしよう!と。
捨て石から新しい収入源になり、そのやり方は青森県へ、さらには全国に広まったそうです。
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「下北半島と共に生まれた布海苔です」と。そういえば、函館でも江戸時代末期に、湯の川地区の大地主の坂田氏の先祖が昆布を生育させるために、海へ大量の石を投げていたとか。それを見た住民は最初は馬鹿にしていたとか。やがて、その石に付着した美味しい昆布が採れだすと、住民こぞって石を海に投げ入れて昆布生産に励んだ、と歴史があります。
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津軽海峡の対岸は函館市の行政区域の亀田半島。東端に恵山が見えています。ここで、しばらく北海道とはお別れ。次に北海道が見れるのは津軽半島を旅する時。それまではサヨナラです。
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続いて2つ目の地区の易国間(いこくま)。なかなか読めない名前ですね。実は、風間浦村は1889年(明治22年)に下風呂、易国間、蛇浦の3つの地域が合併して誕生しましたが、名前の由来はそれぞれ一つづつ漢字を採用しているのがお分かりですね。
下風呂の風、易国間の間、蛇浦の浦、合わせて風間浦村となったのです。

その2つ目の地区の易国間には村役場があるし、大きな漁港があって港には公園もあります。その公園内にあるのが「同志社大学創設者 新島譲 寄港記念碑」です。
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江戸時代末期の1864年に箱館から死を覚悟してアメリカに密航、脱国して1874年に帰国。同志社大学を創設したことは知られていることですが、実は箱館へ来る前に江戸から洋式帆船の「快風丸」で品川から乗船後、北風と激しい潮流を避けて下風呂港へ寄ったのです。
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港にある公園には、池もあるし小さな祠もあって、トイレもあるからここは車中泊には向いているかも?国道からは少し距離があるし、夜間は交通量も少ないから静かだから十分車中泊可です。
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続いて易国間から東へ10㎞ほど離れた3つ目の地区の下風呂(しもふろ)へ。海側には「海峡いさりび公園」があって、津軽海峡のイカ釣り船の漁火が見えることから名づけられましたが、芥川賞始め数々の受賞がある日本を代表する文豪の井上靖の小説「海峡」の舞台にもなっている地です。

で、ここは海側ではなく山側。高台になっている場所に駅表示板があるのです。「下風呂温泉郷駅」とあります。東の駅は「大畑」。かつては大畑町で本州最北端の駅「大畑駅」があった町。でも、むつ市と合併しましたし、鉄道も廃止。西は大間駅。でも、それは戦争のために完成しませんでした。
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高さは20mはないが、10mはありそう。ビルは下風呂温泉のホテル群で、ホテル・旅館。民宿は10軒以上あります。線路もありますね。
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足湯までありました。もちろん無料。足湯は北海道や東北では無料が当たり前と思っていたら、首都圏や一部の地区では有料の場所もあることを知り、驚いたのでした。足だけ入るのだから、その地区の温泉街のサービスでやっているのが当然、と思っていただけに有料の足湯があるとは!ビックリです。
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旅人の大先輩、江戸時代の菅江真澄も歩いた地区です。
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線路は、幻の大間鉄道の跡であることが判明。1922年(大正11年)に現在のむつ市下北駅から大畑駅まで18㎞が完成。さらに1939年(昭和14年)に大畑駅から下風呂駅までの間16㎞がつながりました。残すところは大間駅まででしたが、戦争が激化して断念。戦後もそれ以降工事を継続されることはなく、幻の鉄道になったのでした。
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この先伸びていれば大間駅へ。北海道側では旧戸井線が戸井駅までほぼ路線は完成(五稜郭駅、湯川駅までは完成し試運転も行われていたとか。それより東は鉄橋や高架は建設されたが、線路は敷かれず未完成)していたので、後は大間・戸井間の航路があれば本州と北海道がつながったはずでした。
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まさに幻の鉄道だった大間線。その下風呂駅跡は国道から見れば、高台に残っているのが見えるのです。
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ここ下風呂地区では、温泉通には大湯と新湯の2つの共同風呂があることは知られていますが、この地区歩いて探してもなかったのです。実は、この2つの共同風呂は合併して1つの新しい公共浴場に生まれ変わっていたのでした。その時は自分は知らず、新しい近代的な温泉施設(「海峡の湯」)があるな、としか思わずスルーしていて入浴は出来なかったのでした。
温泉に関しては、下北半島にはたくさんあるのでその後無料で入浴しましたが、それは次回で紹介します。
では、また!

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