11月21日月曜日、今日11時過ぎですが、5回目のワクチン接種をしてきました。今回は1回目、2回目と同様のファイザー製で、3回目、4回目のモデルナ製とは違って一安心。モデルナは翌日の副反応が強くて1日寝込んでいましたからね。熱はなかったけど、だるくてだるくてベッドで横になってやる気なしの状態でした。
もっとも、免疫力を付けるのは何もないよりはいいのか?どうかは分からいなけど、どちらにしても次もあるのかどうか?早く収束してウイズ・コロナで気を付けながら生活していくしかないのでしょうね。
さて、南三陸町の今年10月1日にオープンしたばっかりの道の駅「さんさん南三陸」。八幡川に架かる木造の橋を渡って対岸へ行きます。

橋の途中から道の駅の商店街を撮影。一棟に5店舗くらいあって、その建物が4棟ほど。あわせて20店舗以上か?それ以外にも独立した建物を持つ店舗もあって、かなり賑わっていました。この日は、珍しく大型バスで外国人観光客の団体さんも来ていて、英語を話す人々も大勢いて賑わいを増していましたが、残念なのは震災伝承施設が休館日だったこと。年中無休でやることは出来ないものでしょうかね?
それとも、運営するには人手が足りないのかな?

地図を見たら、小さな川の八幡川。源流部は、北西へ10㎞もない登米市との境界にある標高300mほどの山にある弥惣峠から流れ出ています。河口は、完全に人工的な堤防で震災後に建築なされたもの。海の近くだから、多くのカモメが飛んでいます。

北方向には、かつてのJR気仙沼線の駅「志津川駅」のわずかに残ったホームと駅表示板が見えています。

南側には、津波で破壊された当時の南三陸町の防災対策庁舎が残されています。てっぺんまで押し寄せた津波。てっぺんで耐えた数人しか生き残れれず、後の人たちは津波に飲み込まれていったのです。
ここも、毎年のように訪れていて、年を追うごとに変化していき、ついに公園化されて今は残されています。
でも、残されているから、まだまし。岩手県大槌町のように、町役場は完全に撤去されてしまい、何もない状態になったら、後世に伝えるすべがまったくなくなり、子供たちはこの町で起こった出来事を映像か、他の町で見学するしかないのですから。

ここでも、死者・行方不明者331名いらっしゃるんですね。本当に三陸海岸沿いの市町村では大勢の方が亡くなっています。

今から50年前、私が20歳の頃ですが、自転車で東京を出発してここ旧志津川町を走ったことがあります。「寅さん」に出てくるような宿屋に泊まった記憶があるのです。
寂しい漁村だった志津川。奥の巨大な防潮堤の奥に海が見えていますね。

北側を見ると、破壊され骨組みだけの旧防災対策庁舎と、サンサン商店街と津波伝承館の建物が見えます。

東側は海。防潮堤の前のビルは、震災遺構となっているブライダルパレス高野会館。津波を受けたけど、建物はしっかりと残されています。

西側には、駅跡。高台には宮城県立志津川高校の校舎が見えます。

北側の左には高台に出来た南三陸町立志津川中学校、右には南三陸町立志津川小学校。

続いて女川町へ。JR石巻線の女川駅は素敵な建物で、左半分は「女川温泉ゆぽっぽ」になっています。
料金は500円で、露天風呂はなし。駅裏に無料の駐車場あります。

足湯もありました。もちろん無料。

マンホールには、「きらきらいきいき港 女川」の文字。

で、この日は牡鹿半島をさらに南下して石巻市の旧鮎川町にある鮎川港へと。そこで道の駅のような物産館前の駐車場で車中泊するのですが、それは次回で紹介します。
昨夜は、ラグビーの日本代表と世界ランキング第2位フランスとの対決。敗北しましたが、とても見応えある試合で楽しめました。やっぱり、自分はサッカーよりはラグビーの方が好き。
来年はフランスでワールドカップです。果たして、前回のベスト8を越えて準決勝まで行けるか?
もっとも、サッカーも好きだから今夜のイングランドVSイランの試合も楽しみにしています。
日本はグループリーグを2位以内で通過できてベスト16に進出できるのか?そのためにはドイツかスペインのどちらかに勝利しなくは行けないです。もちろん、コスタリカにも勝利しての話ですが。
23日のドイツ戦が大きなカギですね。
では、また!
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もっとも、免疫力を付けるのは何もないよりはいいのか?どうかは分からいなけど、どちらにしても次もあるのかどうか?早く収束してウイズ・コロナで気を付けながら生活していくしかないのでしょうね。
さて、南三陸町の今年10月1日にオープンしたばっかりの道の駅「さんさん南三陸」。八幡川に架かる木造の橋を渡って対岸へ行きます。

橋の途中から道の駅の商店街を撮影。一棟に5店舗くらいあって、その建物が4棟ほど。あわせて20店舗以上か?それ以外にも独立した建物を持つ店舗もあって、かなり賑わっていました。この日は、珍しく大型バスで外国人観光客の団体さんも来ていて、英語を話す人々も大勢いて賑わいを増していましたが、残念なのは震災伝承施設が休館日だったこと。年中無休でやることは出来ないものでしょうかね?
それとも、運営するには人手が足りないのかな?

地図を見たら、小さな川の八幡川。源流部は、北西へ10㎞もない登米市との境界にある標高300mほどの山にある弥惣峠から流れ出ています。河口は、完全に人工的な堤防で震災後に建築なされたもの。海の近くだから、多くのカモメが飛んでいます。

北方向には、かつてのJR気仙沼線の駅「志津川駅」のわずかに残ったホームと駅表示板が見えています。

南側には、津波で破壊された当時の南三陸町の防災対策庁舎が残されています。てっぺんまで押し寄せた津波。てっぺんで耐えた数人しか生き残れれず、後の人たちは津波に飲み込まれていったのです。
ここも、毎年のように訪れていて、年を追うごとに変化していき、ついに公園化されて今は残されています。
でも、残されているから、まだまし。岩手県大槌町のように、町役場は完全に撤去されてしまい、何もない状態になったら、後世に伝えるすべがまったくなくなり、子供たちはこの町で起こった出来事を映像か、他の町で見学するしかないのですから。

ここでも、死者・行方不明者331名いらっしゃるんですね。本当に三陸海岸沿いの市町村では大勢の方が亡くなっています。

今から50年前、私が20歳の頃ですが、自転車で東京を出発してここ旧志津川町を走ったことがあります。「寅さん」に出てくるような宿屋に泊まった記憶があるのです。
寂しい漁村だった志津川。奥の巨大な防潮堤の奥に海が見えていますね。

北側を見ると、破壊され骨組みだけの旧防災対策庁舎と、サンサン商店街と津波伝承館の建物が見えます。

東側は海。防潮堤の前のビルは、震災遺構となっているブライダルパレス高野会館。津波を受けたけど、建物はしっかりと残されています。

西側には、駅跡。高台には宮城県立志津川高校の校舎が見えます。

北側の左には高台に出来た南三陸町立志津川中学校、右には南三陸町立志津川小学校。

続いて女川町へ。JR石巻線の女川駅は素敵な建物で、左半分は「女川温泉ゆぽっぽ」になっています。
料金は500円で、露天風呂はなし。駅裏に無料の駐車場あります。

足湯もありました。もちろん無料。

マンホールには、「きらきらいきいき港 女川」の文字。

で、この日は牡鹿半島をさらに南下して石巻市の旧鮎川町にある鮎川港へと。そこで道の駅のような物産館前の駐車場で車中泊するのですが、それは次回で紹介します。
昨夜は、ラグビーの日本代表と世界ランキング第2位フランスとの対決。敗北しましたが、とても見応えある試合で楽しめました。やっぱり、自分はサッカーよりはラグビーの方が好き。
来年はフランスでワールドカップです。果たして、前回のベスト8を越えて準決勝まで行けるか?
もっとも、サッカーも好きだから今夜のイングランドVSイランの試合も楽しみにしています。
日本はグループリーグを2位以内で通過できてベスト16に進出できるのか?そのためにはドイツかスペインのどちらかに勝利しなくは行けないです。もちろん、コスタリカにも勝利しての話ですが。
23日のドイツ戦が大きなカギですね。
では、また!
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