1月17日火曜日、天気は晴れたり曇ったりで気温は最高でも0度。昨日とは打って変わって、真冬の寒い1日でした。それでも毎日のルーティンは変えずに、朝の体操・ストレッチとウオーキングで約1時間の運動をしました。70歳を越えてからは健康第一で、当然暴飲暴食はせずに毎日起床時と就寝時には体重計に乗ってスマホで管理。ウオーキングもスマホで管理していてます。
ここ数年は、適正体重を維持しているから少しは安心ですが、いつ何時病気になるかもしれず出来るだけ人混みには行かず、手洗いとマスク着用は必ずしています。
さて、冬の函館山登山は今回で最終回。山頂から尾根伝いに南側の休憩出来る場所までやって来ました。ここまでで、2時間半ほど。東屋で30分のランチタイム後、さらに進み下山することに。
コースはここを利用している人たちの踏み分け道をたどります。

広葉樹はすべて葉っぱが落ちていて、枝には葉はほとんどありません。道沿いには自分が知っている柏の葉が落ちていました。柏の木はこの辺多いのかな?

立待岬が見える位置までやって来ました。函館市街地の南側、津軽海峡に面した海側が見えています。真っ白い直線は、空港の滑走路でしょう。亀田半島が最南端にして、下北半島まで最短17㎞の汐首岬まで続いています。
函館山の南端に位置する立待岬は画面の下で、手前には地蔵山が見えています。

ズームして見ると、地蔵山の山頂には砲台の跡があります。若い時にはあそこまで歩いて行ったこともあるし、そこから立待岬へ下りたことも。かなり危険な地で今では立ち入り禁止区域ですが、若い時分はリスク承知で危険なことをしますよね。もちろん今の自分にはそんなことは出来ないです。

で、下山できました。ここは地蔵山を見晴らせる地までおよそ1㎞ほど。正確には990mと書かれていますね。
下山中、二人の登山者と出会いました。一人は若い男性で、靴にはアイゼンがしていて一部凍結してアイスバーンになった道でも楽に歩いていましたが、もう一人は女性で多分観光客でしょうね。靴は運動靴のような感じでアイゼンも付けず、凍結した道にかなり苦労して登っていましたが、果たして大丈夫だったろうか?

ここで、一人の観光客で出会いました。道内でも道北の名寄市から来た方で、少し七曲りコースを歩いて登ったけど、ただの冬靴では滑って断念して下山した、と話していました。
いろいろとお話ししたけど、それなりの用意をしなくては真冬の函館山登山は厳しいです。付近に観光名所があることを話し、そこへ行くことに。
そこは碧血碑(へっけつひ)。

碑の下には、最近訪れた多分土方歳三ファンでしょう、千羽鶴と花が供えられていました。ここは夏場は若い歴女たち、特に土方歳三ファンが訪れる聖地とも云える地です。
知らない方には、こちらの説明板を!これを読むと分かりますね。

戊辰戦争最後の戦いであった箱館戦争で、勝利した新政府軍の戦死者は護国神社へ丁寧に葬られましたが、敗北した旧幕府軍の戦死者は市街地に放置されていたのです。
彼らを集めて葬むったのが当時の箱館の任侠をしていた柳川熊吉でした。
名寄から来ていた観光客の方は、歴史が好きらしくとても感激していて感謝されましたが、自分としても少しでも函館の良さが理解してもらえて嬉しかったのでした。
その後は函館八幡宮へも案内して、そこでお別れ。護国神社の駐車場に戻ったのが午後1時過ぎ。
ちょうど4時間の登山でした。靴を履き替えて、ストックを分解して後部座席へ仕舞い15分で無事に自宅へ。さすがに体は疲労が出てきて昼寝を1時間。でも精神的には大満足の登山でした。
では、また!
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ここ数年は、適正体重を維持しているから少しは安心ですが、いつ何時病気になるかもしれず出来るだけ人混みには行かず、手洗いとマスク着用は必ずしています。
さて、冬の函館山登山は今回で最終回。山頂から尾根伝いに南側の休憩出来る場所までやって来ました。ここまでで、2時間半ほど。東屋で30分のランチタイム後、さらに進み下山することに。
コースはここを利用している人たちの踏み分け道をたどります。

広葉樹はすべて葉っぱが落ちていて、枝には葉はほとんどありません。道沿いには自分が知っている柏の葉が落ちていました。柏の木はこの辺多いのかな?

立待岬が見える位置までやって来ました。函館市街地の南側、津軽海峡に面した海側が見えています。真っ白い直線は、空港の滑走路でしょう。亀田半島が最南端にして、下北半島まで最短17㎞の汐首岬まで続いています。
函館山の南端に位置する立待岬は画面の下で、手前には地蔵山が見えています。

ズームして見ると、地蔵山の山頂には砲台の跡があります。若い時にはあそこまで歩いて行ったこともあるし、そこから立待岬へ下りたことも。かなり危険な地で今では立ち入り禁止区域ですが、若い時分はリスク承知で危険なことをしますよね。もちろん今の自分にはそんなことは出来ないです。

で、下山できました。ここは地蔵山を見晴らせる地までおよそ1㎞ほど。正確には990mと書かれていますね。
下山中、二人の登山者と出会いました。一人は若い男性で、靴にはアイゼンがしていて一部凍結してアイスバーンになった道でも楽に歩いていましたが、もう一人は女性で多分観光客でしょうね。靴は運動靴のような感じでアイゼンも付けず、凍結した道にかなり苦労して登っていましたが、果たして大丈夫だったろうか?

ここで、一人の観光客で出会いました。道内でも道北の名寄市から来た方で、少し七曲りコースを歩いて登ったけど、ただの冬靴では滑って断念して下山した、と話していました。
いろいろとお話ししたけど、それなりの用意をしなくては真冬の函館山登山は厳しいです。付近に観光名所があることを話し、そこへ行くことに。
そこは碧血碑(へっけつひ)。

碑の下には、最近訪れた多分土方歳三ファンでしょう、千羽鶴と花が供えられていました。ここは夏場は若い歴女たち、特に土方歳三ファンが訪れる聖地とも云える地です。
知らない方には、こちらの説明板を!これを読むと分かりますね。

戊辰戦争最後の戦いであった箱館戦争で、勝利した新政府軍の戦死者は護国神社へ丁寧に葬られましたが、敗北した旧幕府軍の戦死者は市街地に放置されていたのです。
彼らを集めて葬むったのが当時の箱館の任侠をしていた柳川熊吉でした。
名寄から来ていた観光客の方は、歴史が好きらしくとても感激していて感謝されましたが、自分としても少しでも函館の良さが理解してもらえて嬉しかったのでした。
その後は函館八幡宮へも案内して、そこでお別れ。護国神社の駐車場に戻ったのが午後1時過ぎ。
ちょうど4時間の登山でした。靴を履き替えて、ストックを分解して後部座席へ仕舞い15分で無事に自宅へ。さすがに体は疲労が出てきて昼寝を1時間。でも精神的には大満足の登山でした。
では、また!
コメント
コメント一覧 (2)
昨日は、NHKも民放も函館の雪がニュースで取り上げていましたね。朝起きてどれだけ積もっているのか怖いくらいでしたが、大したことはなかったです。せいぜい10㎝くらいの積雪で、ただ湿った雪だったので朝方の冷えで氷のようになったから雪かきがきつかったです。
粉雪の雪かきの方が軽くて楽ですから。
梅の話や桜の話があるなんて、うらやましい!早く春になってほしいです。