5月15日月曜日、天気は朝方まで雨、10時を過ぎてからは曇り。
今日はJリーグ発足30周年です。1993年の今日、Jリーグがスタートしてから30年。当初は10チームで行われていましたが、今やJ3まで含めて60チームがあって、さらにその下でもJリーグ入りを狙うチームが各地にたくさんあるのです。
今や、野球と並ぶ国民的スポーツになったサッカー。中学校や高校では野球をすでに追い越しているし、女子サッカー部もあるから実際にプレーしている人は野球よりは多いはず。ただ、テレビで観戦はほとんど出来ず、かと言ってDAZNに高い経費を払ってまで見たいとは思わない。そこが野球との違いでしょう。と、70歳のスポーツ大好き人間は思っています。
さて、只見線の会津大塩駅の手前に寄る場所がありました。そこにあった大塩中山城跡の看板。
戦国時代末期の城で、伊達政宗や上杉謙信らが活躍していた頃です。

その近くには、大塩天然炭酸水が湧き出る地があります。明治時代には、ドイツに輸出までいていたとか。

左の屋根の付いた井戸は閉鎖中。ここで井戸に落ちる人がいて亡くなったそうで、網がかけられています。右の蛇口からはコンコンと炭酸水が湧出しています。飲んでみたら、確かに炭酸水の味。ただ、サイダーと違うのは砂糖が入っておらず甘くはない。それでも珍しいからペットボトルに入れてお土産にしました。

まもなくして会津大塩駅へ。ここも無人駅で、誰かが管理しているのでしょう、プランターのパンジーが咲いていて心が和みます。

只見川は北へ流れて喜多方市で阿賀川に合流し、それは新潟県に入ると阿賀野川となり日本海にそそいでいます。この辺りは蛇行が激しく、180度周って方向転換しているところもあります。

会津大塩駅と会津塩沢駅の中間地点、滝ダムがある辺りはUの字を描くように蛇行しています。
川幅も100m以上、流れはほとんどなく湖水の如く、鏡を見ているかのようです。

向かい側をズーム。遠くの橋を渡って行くのですが、4月半ばにしても雪の多さに驚きです。

新潟県境にそびえる浅草岳(1585.4m)が遠くに見えています。あの山の下を走るトンネルを越えると新潟県。

でも、国道は除雪がまだで開通しておらず、新潟県には行けず。
それにしても、河というよりは湖みたいな穏やかさ。

会津塩沢駅へ。ここもほかの駅同様に同じような駅舎。

続いて会津蒲生駅へ。

駅前にそびえる「会津のマッターホルン」と呼ばれる蒲生岳(828m)。

来た道を振り返ります。

これから行く道。この後、八十里越えの未開通になっている国道289号線へ行ってみました。

八十里越えは、昔から会津と越後を結ぶ峠で、その名の八十里(およそ320㎞)はないけど、それほど険しい道のりで名付けられたといいます。山深く雪多くの場所で、歩く道はあっても、車が通る道はいまだに開通していません。

分岐点から叶津川沿いを走ること5㎞も行かないうちに雪でストップ。この先は無理。


冷たい雪止め水が流れる叶津川。この奥は新潟県三条市となりますが、あと何年後に開通出来るのだろうか?多分、開通時(10年後くらい?)は私は免許返納しているからここへ来るのは無理かな?

ということで、只見線駅巡りはこの後に只見駅へ行きますが、「春の旅」を振り返ってもblogは今回で中断します。というのは、明日16日から5月の旅と題して春の旅同様に青森へ向けてフェリーで旅経ちます。
明日からは「5月の旅」。目的地は新潟県。当初は能登半島をじっくりと探る旅を計画していましたが、地震がありその後も余震が続いたりしているし、地元の方々には邪魔になりそうな気がして今回は取りやめ、その代わりに春の旅で行けなかった新潟県を見よう!とテーマにして旅をします。
では、また!
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今日はJリーグ発足30周年です。1993年の今日、Jリーグがスタートしてから30年。当初は10チームで行われていましたが、今やJ3まで含めて60チームがあって、さらにその下でもJリーグ入りを狙うチームが各地にたくさんあるのです。
今や、野球と並ぶ国民的スポーツになったサッカー。中学校や高校では野球をすでに追い越しているし、女子サッカー部もあるから実際にプレーしている人は野球よりは多いはず。ただ、テレビで観戦はほとんど出来ず、かと言ってDAZNに高い経費を払ってまで見たいとは思わない。そこが野球との違いでしょう。と、70歳のスポーツ大好き人間は思っています。
さて、只見線の会津大塩駅の手前に寄る場所がありました。そこにあった大塩中山城跡の看板。
戦国時代末期の城で、伊達政宗や上杉謙信らが活躍していた頃です。

その近くには、大塩天然炭酸水が湧き出る地があります。明治時代には、ドイツに輸出までいていたとか。

左の屋根の付いた井戸は閉鎖中。ここで井戸に落ちる人がいて亡くなったそうで、網がかけられています。右の蛇口からはコンコンと炭酸水が湧出しています。飲んでみたら、確かに炭酸水の味。ただ、サイダーと違うのは砂糖が入っておらず甘くはない。それでも珍しいからペットボトルに入れてお土産にしました。

まもなくして会津大塩駅へ。ここも無人駅で、誰かが管理しているのでしょう、プランターのパンジーが咲いていて心が和みます。

只見川は北へ流れて喜多方市で阿賀川に合流し、それは新潟県に入ると阿賀野川となり日本海にそそいでいます。この辺りは蛇行が激しく、180度周って方向転換しているところもあります。

会津大塩駅と会津塩沢駅の中間地点、滝ダムがある辺りはUの字を描くように蛇行しています。
川幅も100m以上、流れはほとんどなく湖水の如く、鏡を見ているかのようです。

向かい側をズーム。遠くの橋を渡って行くのですが、4月半ばにしても雪の多さに驚きです。

新潟県境にそびえる浅草岳(1585.4m)が遠くに見えています。あの山の下を走るトンネルを越えると新潟県。

でも、国道は除雪がまだで開通しておらず、新潟県には行けず。
それにしても、河というよりは湖みたいな穏やかさ。

会津塩沢駅へ。ここもほかの駅同様に同じような駅舎。

続いて会津蒲生駅へ。

駅前にそびえる「会津のマッターホルン」と呼ばれる蒲生岳(828m)。

来た道を振り返ります。

これから行く道。この後、八十里越えの未開通になっている国道289号線へ行ってみました。

八十里越えは、昔から会津と越後を結ぶ峠で、その名の八十里(およそ320㎞)はないけど、それほど険しい道のりで名付けられたといいます。山深く雪多くの場所で、歩く道はあっても、車が通る道はいまだに開通していません。

分岐点から叶津川沿いを走ること5㎞も行かないうちに雪でストップ。この先は無理。


冷たい雪止め水が流れる叶津川。この奥は新潟県三条市となりますが、あと何年後に開通出来るのだろうか?多分、開通時(10年後くらい?)は私は免許返納しているからここへ来るのは無理かな?

ということで、只見線駅巡りはこの後に只見駅へ行きますが、「春の旅」を振り返ってもblogは今回で中断します。というのは、明日16日から5月の旅と題して春の旅同様に青森へ向けてフェリーで旅経ちます。
明日からは「5月の旅」。目的地は新潟県。当初は能登半島をじっくりと探る旅を計画していましたが、地震がありその後も余震が続いたりしているし、地元の方々には邪魔になりそうな気がして今回は取りやめ、その代わりに春の旅で行けなかった新潟県を見よう!とテーマにして旅をします。
では、また!
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