9月25日月曜日、天気は晴れで気温も23℃ほど。湿度も低く秋晴れの過ごしやすい1日となっています。
やっと外で労働しても大丈夫で、午前中は畑仕事で汗を流しました。今までは暑すぎて、外で働くのも億劫になっていたからです。
さて、6月の旅は旭川市までやって来ました。この木造下見板張りの壁、トタン屋根の建物、随分古めかしいですね。

農作試験所事務所棟とあって、( )の中には忠別太駅逓第一美英舎とあります。つまり、ここは昔駅逓だったのです。

忠別太駅逓とありますね。ついに、ここで現存している駅逓すべて見ることが出来ました。

明治時代から大正時代にかけて1000か所以上あった駅逓も現在は、北広島市の旧島松、南幌町旧幌向、別海の奥行臼、紋別市の鴻之舞、札幌市の北海道開拓の村にあるソーケシュオマベツ、沼田町の本願寺。そしてここだけです。

駅逓が終了した後は農作試験所になったんですね。場所は、深川市から国道12号線を北上して旭川市のに入ったばかりのところで、近くにあった「コープさっぽろ」のお店に車を置いて歩いて数分のところにありました。

ただ、内部の見学は出来ずで、草ぼうぼうの外から外見だけを見学です。

旭川市から北上し比布(ぴっぷ)町へ。農道を走っていたら見かけた明治期の豪農の家「鈴木邸」。建物は本州の茅葺屋根の豪華な家と違い、洋風建築の家ですね。

続いて和寒(わっさむ)町の「塩狩駅」へ。

ここ三浦綾子の小説「塩狩峠」で有名ですね。かなり昔に読んでいるので、内容はほとんど忘れましたが、クリスチャンの鉄道職員が暴走する列車を身を挺して停めた話のはず。

ここは天塩の国と石狩の国の境で、海抜274mの地なんですね。

駅の隣にはユースホステルがあります。ここへ来るには旭川駅から宗谷本線で鉄道を利用するか、車で国道40号線を走るかのどちらかです。

さすが、旭川市の教会の案内があります。長野さんも三浦さんも六条教会の信者さんだったのです。

長野政雄さんの殉職の地とあります。

明治42年(1909年)の2月28日、逆走する列車を身を投じて脱線転覆事故を防ぎ、多くの乗客の命を救ったのでした。それを知った三浦綾子は同じクリスチャンとして執筆したのです。

30歳の若さで、大したものです。が、自分には到底できない行為です。

丘の上には、三浦綾子記念館がありましたが、この日は閉館日で見学出来ず。

緑豊かな地で、まさに峠の山の中という雰囲気です。

三浦ご夫妻の歌碑もあったので、碑を探しながらゆっくりと周辺を散策したのでした。
では、また!
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やっと外で労働しても大丈夫で、午前中は畑仕事で汗を流しました。今までは暑すぎて、外で働くのも億劫になっていたからです。
さて、6月の旅は旭川市までやって来ました。この木造下見板張りの壁、トタン屋根の建物、随分古めかしいですね。

農作試験所事務所棟とあって、( )の中には忠別太駅逓第一美英舎とあります。つまり、ここは昔駅逓だったのです。

忠別太駅逓とありますね。ついに、ここで現存している駅逓すべて見ることが出来ました。

明治時代から大正時代にかけて1000か所以上あった駅逓も現在は、北広島市の旧島松、南幌町旧幌向、別海の奥行臼、紋別市の鴻之舞、札幌市の北海道開拓の村にあるソーケシュオマベツ、沼田町の本願寺。そしてここだけです。

駅逓が終了した後は農作試験所になったんですね。場所は、深川市から国道12号線を北上して旭川市のに入ったばかりのところで、近くにあった「コープさっぽろ」のお店に車を置いて歩いて数分のところにありました。

ただ、内部の見学は出来ずで、草ぼうぼうの外から外見だけを見学です。

旭川市から北上し比布(ぴっぷ)町へ。農道を走っていたら見かけた明治期の豪農の家「鈴木邸」。建物は本州の茅葺屋根の豪華な家と違い、洋風建築の家ですね。

続いて和寒(わっさむ)町の「塩狩駅」へ。

ここ三浦綾子の小説「塩狩峠」で有名ですね。かなり昔に読んでいるので、内容はほとんど忘れましたが、クリスチャンの鉄道職員が暴走する列車を身を挺して停めた話のはず。

ここは天塩の国と石狩の国の境で、海抜274mの地なんですね。

駅の隣にはユースホステルがあります。ここへ来るには旭川駅から宗谷本線で鉄道を利用するか、車で国道40号線を走るかのどちらかです。

さすが、旭川市の教会の案内があります。長野さんも三浦さんも六条教会の信者さんだったのです。

長野政雄さんの殉職の地とあります。

明治42年(1909年)の2月28日、逆走する列車を身を投じて脱線転覆事故を防ぎ、多くの乗客の命を救ったのでした。それを知った三浦綾子は同じクリスチャンとして執筆したのです。

30歳の若さで、大したものです。が、自分には到底できない行為です。

丘の上には、三浦綾子記念館がありましたが、この日は閉館日で見学出来ず。

緑豊かな地で、まさに峠の山の中という雰囲気です。

三浦ご夫妻の歌碑もあったので、碑を探しながらゆっくりと周辺を散策したのでした。
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