11月11日土曜日、天気は曇りで朝方起きた時は雪が舞い、となりの空き家の屋根には降った雪がうっすらと積もっていました。今日の最高気温は4℃で、最低は0℃。すっかり冬モードになっています。札幌では吹雪になっていて積雪のある地域もあるけど、来週は暖かい日もあって根雪にはならないでしょう。でも、少しずつ真冬に向かって進んでいることは確かです。
秋の旅は廃止された岩泉線の駅巡りの後にJR東日本の山田線の茂市駅により、さらに山間部の陸中川井駅へ。元々川井村だったが、2010年1月1日に宮古市に吸収合併されて今は宮古市の一部になっています。

川井では、村の中心部になる民俗資料館で、北上山地の歴史と文化を学び、その勢いで北上山地最高峰の早池峰山(1917m)登山口まで険しい道の地を走りました。ルートは、小田越と呼ばれる県道25号線の峠を越える道。全線舗装はされているけど、険しく細い山道で地図にも「悪路」の表示が。
右端に「クマ出没注意」の看板ありますね。岩手県や秋田県ではクマの出没が多いから気をつけなきゃ!

小田越え登山口と書かれた碑もありますが、今回は登山はしません。山頂も頭を隠しているし、時間帯が午後3時を過ぎていたので登頂は無理。

10数年前に登頂したけど、今は体力が持つかどうか?朝早くから開始すれば大丈夫だと思うけど、今回はパスします。

向かい側には薬師山(1644.5m)。こちらは山頂が見えていますね。ここからだと1時間少々で登れるけど、実は山頂には駐車場がないので、少し下山して車を停めなくてはいけないのです。
夏の間は、入山規制もあって登山者は麓からバスでここへ来なくてはいけないのです。

麓の集落まで下山している途中、カモシカ発見。左側に白いお尻を見せているのが分かりますか?

で、麓の集落である旧川井村の江繋へ。道路沿いに看板がって「江繋早池峰神楽」の歴史があることが分かりました。

集落内にある八坂神社へ。岩手の山間部は、意外と歴史ある集落があるんだなと知り、いろいろ調べたくなったけど時間帯が遅すぎました。

南北朝時代に閉伊氏が治めていた地域だったけど、後の盛岡藩の藩主である南部氏により滅亡。南部藩の支配下に置かれていますね。
20世紀に入り大正時代には小説家の幸田露伴が訪れていて、小説の題材になったとか。

大正11年に幸田露伴が来た時は、ここに旅館があったんですね。今は人家が数十軒あるのみ。

こちらが八坂神社の本殿。

この日車中泊するのは、となりの集落の小国。そこには24時間開放しているトイレやフリーWi-Fi完備の道の駅ならぬ「里の駅おぐに」があって、そこで車中泊をプランしていたのです。その手前に北上山地民俗資料館小国分館がありました。

立派な体育館があしますが、平成17年に廃校へ。見学したかったけど、時間が遅くて(4時過ぎ)閉じていました。もっとも、日中でもオープンしているのかは分かりませんが。多分閉まっている感じで、開けてもらうには連絡しなくてはいけないかも?

ということで、この中学校跡から数キロで里の駅「おぐに」へ。もっとも、その建物は旧小国小学校の校舎をリフォームしてものですが。
やはり山間部は、子供の数はほとんどなく生活している人々は高齢者が多いのです。学校は次々と廃校されているのが悲しいかな現実なのです。
次回は、その小国集落から峠を越えて遠野市へ、さらに険しい峠を越えて太平洋側の大槌町へ。そして釜石市へ。釜石といえばアレですね。アレ!って、阪神タイガース岡田監督の言葉ではありませんよ。釜石でアレは!というと、次回を見れば分かります。
では、また明日お会いしましょう!
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秋の旅は廃止された岩泉線の駅巡りの後にJR東日本の山田線の茂市駅により、さらに山間部の陸中川井駅へ。元々川井村だったが、2010年1月1日に宮古市に吸収合併されて今は宮古市の一部になっています。

川井では、村の中心部になる民俗資料館で、北上山地の歴史と文化を学び、その勢いで北上山地最高峰の早池峰山(1917m)登山口まで険しい道の地を走りました。ルートは、小田越と呼ばれる県道25号線の峠を越える道。全線舗装はされているけど、険しく細い山道で地図にも「悪路」の表示が。
右端に「クマ出没注意」の看板ありますね。岩手県や秋田県ではクマの出没が多いから気をつけなきゃ!

小田越え登山口と書かれた碑もありますが、今回は登山はしません。山頂も頭を隠しているし、時間帯が午後3時を過ぎていたので登頂は無理。

10数年前に登頂したけど、今は体力が持つかどうか?朝早くから開始すれば大丈夫だと思うけど、今回はパスします。

向かい側には薬師山(1644.5m)。こちらは山頂が見えていますね。ここからだと1時間少々で登れるけど、実は山頂には駐車場がないので、少し下山して車を停めなくてはいけないのです。
夏の間は、入山規制もあって登山者は麓からバスでここへ来なくてはいけないのです。

麓の集落まで下山している途中、カモシカ発見。左側に白いお尻を見せているのが分かりますか?

で、麓の集落である旧川井村の江繋へ。道路沿いに看板がって「江繋早池峰神楽」の歴史があることが分かりました。

集落内にある八坂神社へ。岩手の山間部は、意外と歴史ある集落があるんだなと知り、いろいろ調べたくなったけど時間帯が遅すぎました。

南北朝時代に閉伊氏が治めていた地域だったけど、後の盛岡藩の藩主である南部氏により滅亡。南部藩の支配下に置かれていますね。
20世紀に入り大正時代には小説家の幸田露伴が訪れていて、小説の題材になったとか。

大正11年に幸田露伴が来た時は、ここに旅館があったんですね。今は人家が数十軒あるのみ。

こちらが八坂神社の本殿。

この日車中泊するのは、となりの集落の小国。そこには24時間開放しているトイレやフリーWi-Fi完備の道の駅ならぬ「里の駅おぐに」があって、そこで車中泊をプランしていたのです。その手前に北上山地民俗資料館小国分館がありました。

立派な体育館があしますが、平成17年に廃校へ。見学したかったけど、時間が遅くて(4時過ぎ)閉じていました。もっとも、日中でもオープンしているのかは分かりませんが。多分閉まっている感じで、開けてもらうには連絡しなくてはいけないかも?

ということで、この中学校跡から数キロで里の駅「おぐに」へ。もっとも、その建物は旧小国小学校の校舎をリフォームしてものですが。
やはり山間部は、子供の数はほとんどなく生活している人々は高齢者が多いのです。学校は次々と廃校されているのが悲しいかな現実なのです。
次回は、その小国集落から峠を越えて遠野市へ、さらに険しい峠を越えて太平洋側の大槌町へ。そして釜石市へ。釜石といえばアレですね。アレ!って、阪神タイガース岡田監督の言葉ではありませんよ。釜石でアレは!というと、次回を見れば分かります。
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