7月24日水曜日、天気は朝方は雨だったが8時過ぎからは曇りへ。湿度はあるけど風が爽やかでエアコンなしでも生活できるから本州の猛暑日と比べたら過ごしやすい天候です。
夏の旅から帰宅してのんびりと過ごして一週間、また旅に出たい病が少しずつ戻て来たけどこの暑い夏、何処へ行っても暑すぎて結局我が家にいるのが一番快適かな?と思っています。
それにパリ・オリンピックが始まるから、スポーツ好きな自分はテレビに釘付けになるだろうから、やっぱり8月いっぱいは家にいることでしょう。
秋の旅に出発する前に、5月の旅の総集編まだ残っていたので紹介することにします。
前回は石巻市旧大川小学校跡地を取り上げていましたが、下の写真は小学校の前にある北上川に架かる新北上大橋。当時校長不在時の学校の最高責任者である教頭は、地元の長老の話で「津波はここまで来ない、橋まで行こう」としたのです。山に逃げずに河口から4㎞上流にあるこの橋へ!どうして?なぜ?と思うのですが・・・。

北上川の土手から上流側を撮影しましたが、長さで日本第3位、東北では1番の長さの川。対岸までは200m以上あるでしょう。もっとあるかも知れない。

河口側を撮影。遠くに新北上大橋が見えています。海からの津波は逆流して、あっという間に小学校を飲み込み多くの子供たちの命を奪ったのです。

地図を見たら、北上川から南へ1.5㎞ほどの場所に「〇〇沼」があるので、探して行ってみました。周辺は水田地帯だから、米作りのためにため池でしょうね。周囲を突堤で囲まれています。水は北上川から引いてきているはず。
地元の方より、特定した地名が分かると人が押し寄せて来て、ゴミの問題や交通事故などトラブルがあるとの連絡がありましたので、地名は隠したことを了承下さい。

ここで釣りをしている方がいて尋ねてみました。何が釣れますか?と。如何にも釣り人らしい格好の彼は「〇〇が釣れるんですよ」と。〇〇とは、淡水魚で「〇〇」の愛称で蛇に似た頭部を持つ魚で、釣りの対象として人気がある魚、だそうです。
ここで〇〇にしたことも同様で、やはり人が押し寄せると問題が起こるのですね。
きっと、誰かがリリースして繁殖したのかな?こんな沼でも生きていけるのでしょうね。

周囲3㎞程の沼で、多分豊富な水量を誇る北上川の水を貯めるためにこしらえた沼で、米作りに必要だったのでしょうね。そこに〇〇が生きているとは!面白いものです。

地図では「白鳥飛来地」とあったから興味を持って訪ねたが、この時期は白鳥はもう北へと去っていなかったのでした。

その後はさらに北へ。南三陸町の道の駅「さんさん南三陸」へ。奥の長い建物がそう。ほとんど飲食店ですが、それ以外にも南三陸町の商店が入居していて、朝から賑わっています。この日は外国人を乗せた観光バスが到着していて、興味深そうに商店街を散策していました。
手前にある建物跡は、旧役場の防災庁舎跡。

ここでも多くの方が亡くなっています。三階の屋上まで逃げ延びたけど、助かった人は僅かで押し寄せた津波の犠牲に亡くなられたのです。

海沿いに立つこの建物はセレモニーホール。震災遺構として残されています。

ここも何度か訪れていますが、過去に訪問した時はこの丘はまだなく、人工的に造成されたのでしょうね。高台になっていて見晴らしは良いです。
左に見える島は荒島で、橋が架かり渡ることが出来ます。

山側を見ると、旧JRの気仙沼線の「志津川駅」跡。ホームも残ったままです。

この低地一帯が津波の被害に遭ったのでしょうね。高台には高校があります。

北側の高台にも小学校と中学校。きっと避難場所として整備されたのでしょう。

次回は南三陸町の旧防災庁舎跡をじっくりと見て、防災センターで当時の映像などを鑑賞し、もう一度「東日本大震災」について学んできます。
では、また次回にお会いしましょう!
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夏の旅から帰宅してのんびりと過ごして一週間、また旅に出たい病が少しずつ戻て来たけどこの暑い夏、何処へ行っても暑すぎて結局我が家にいるのが一番快適かな?と思っています。
それにパリ・オリンピックが始まるから、スポーツ好きな自分はテレビに釘付けになるだろうから、やっぱり8月いっぱいは家にいることでしょう。
秋の旅に出発する前に、5月の旅の総集編まだ残っていたので紹介することにします。
前回は石巻市旧大川小学校跡地を取り上げていましたが、下の写真は小学校の前にある北上川に架かる新北上大橋。当時校長不在時の学校の最高責任者である教頭は、地元の長老の話で「津波はここまで来ない、橋まで行こう」としたのです。山に逃げずに河口から4㎞上流にあるこの橋へ!どうして?なぜ?と思うのですが・・・。

北上川の土手から上流側を撮影しましたが、長さで日本第3位、東北では1番の長さの川。対岸までは200m以上あるでしょう。もっとあるかも知れない。

河口側を撮影。遠くに新北上大橋が見えています。海からの津波は逆流して、あっという間に小学校を飲み込み多くの子供たちの命を奪ったのです。

地図を見たら、北上川から南へ1.5㎞ほどの場所に「〇〇沼」があるので、探して行ってみました。周辺は水田地帯だから、米作りのためにため池でしょうね。周囲を突堤で囲まれています。水は北上川から引いてきているはず。
地元の方より、特定した地名が分かると人が押し寄せて来て、ゴミの問題や交通事故などトラブルがあるとの連絡がありましたので、地名は隠したことを了承下さい。

ここで釣りをしている方がいて尋ねてみました。何が釣れますか?と。如何にも釣り人らしい格好の彼は「〇〇が釣れるんですよ」と。〇〇とは、淡水魚で「〇〇」の愛称で蛇に似た頭部を持つ魚で、釣りの対象として人気がある魚、だそうです。
ここで〇〇にしたことも同様で、やはり人が押し寄せると問題が起こるのですね。
きっと、誰かがリリースして繁殖したのかな?こんな沼でも生きていけるのでしょうね。

周囲3㎞程の沼で、多分豊富な水量を誇る北上川の水を貯めるためにこしらえた沼で、米作りに必要だったのでしょうね。そこに〇〇が生きているとは!面白いものです。

地図では「白鳥飛来地」とあったから興味を持って訪ねたが、この時期は白鳥はもう北へと去っていなかったのでした。

その後はさらに北へ。南三陸町の道の駅「さんさん南三陸」へ。奥の長い建物がそう。ほとんど飲食店ですが、それ以外にも南三陸町の商店が入居していて、朝から賑わっています。この日は外国人を乗せた観光バスが到着していて、興味深そうに商店街を散策していました。
手前にある建物跡は、旧役場の防災庁舎跡。

ここでも多くの方が亡くなっています。三階の屋上まで逃げ延びたけど、助かった人は僅かで押し寄せた津波の犠牲に亡くなられたのです。

海沿いに立つこの建物はセレモニーホール。震災遺構として残されています。

ここも何度か訪れていますが、過去に訪問した時はこの丘はまだなく、人工的に造成されたのでしょうね。高台になっていて見晴らしは良いです。
左に見える島は荒島で、橋が架かり渡ることが出来ます。

山側を見ると、旧JRの気仙沼線の「志津川駅」跡。ホームも残ったままです。

この低地一帯が津波の被害に遭ったのでしょうね。高台には高校があります。

北側の高台にも小学校と中学校。きっと避難場所として整備されたのでしょう。

次回は南三陸町の旧防災庁舎跡をじっくりと見て、防災センターで当時の映像などを鑑賞し、もう一度「東日本大震災」について学んできます。
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コメント
コメント一覧 (2)
というのも雷魚の居るところは全国的に減少しておりそこの場所に雷魚が居ると分かると人が殺到し路上駐車、ゴミ、など地元民とのトラブルが発生し行政など管理者により立ち入り禁止など措置が取られるなど色々なことがおきるため何卒ご配慮して頂ければ幸いです
ただ、結構釣り人には知られているような感じでした。
地元の皆様の迷惑になるような行為は絶対避けなければいけないので、旅の記録をそのまま書いたことをお詫びします。ご迷惑をかけて申し訳ありませんでした。