7月26日金曜日、天気は晴れ時々曇りで、最高気温は25℃前後で過ごしやすい天候です。
ニュースでは、道内の留萌や深川で洪水警報が出たり、東北でも川が氾濫したことが流れていますが、こちらは全くなく雨も少し降っただけだったし、何よりも気温が25℃以上の夏日にはなっても、30℃を超える日がなく猛暑日に耐える本州とは違い快適な日々を送っています。
でも、それは函館だけかもしれないので広い道内では大雨の被害に遭われた方もいることでしょうし、何よりも大好きな東北が大雨により被害が甚大になっていることに心配で憂います。
さて、5月の旅の13回目は前回少しだけ紹介した宮城県南三陸町の町役場防災庁舎から。
津波に襲われた階段が酷いことになっています。

津波が押し寄せた時に、庁舎には30名の職員がいました。しかし無事が確認されたのは僅かに8人のみ。その8人は、3階屋上のフェンスやアンテナにしがみついてかろうじて助かったのです。

今も残る屋上のアンテナ。そこまで津波は襲ってきたのです。南三陸町の津波による死者数は566名。行方不明者も大勢します。
「まさか、3階建て庁舎屋上を2mも上回るとんでもない津波が襲ってくるとは!」と誰もが思っていたのでしょう。ところが、屋上に避難していた役場職員を、津波は押し流していったのです。

この日は、たまたまか何処かの自治体の職員や議員たちが視察に来ていて、盛んにカメラに収めたり観察してしていました。やはり、震災遺構として語り継ぐために残しておくべきだと思います。
岩手県大槌町の町役場は「思い出したくない」との意見があり、解体され今は何も残っていませんが、震災を知らない子供たちに伝えるためにも、絶対残しておくべき、と部外者の私の意見ですが・・・。

震災後に造成された震災復興祈念公園は町役場庁舎よりも高い地です。かさ上げして造られたのですね。避難場所として前回に紹介した丘にある高校校舎が矢印で示されていますが、840mも歩くのです。お年寄りだと20分はかかるのでは?と少し心配になります。

最後に、ここでは道の駅のとなりに建てられた建築家の隈研吾さん設計の展示館を見学。

津波の被害などを紹介している資料館で、とても勉強になりました。
次回はさらに北へ。宮城県最北端の町、気仙沼市の大谷金山跡を訪ね資料館を見学します。
では、また次回にお会いしましょう。
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ニュースでは、道内の留萌や深川で洪水警報が出たり、東北でも川が氾濫したことが流れていますが、こちらは全くなく雨も少し降っただけだったし、何よりも気温が25℃以上の夏日にはなっても、30℃を超える日がなく猛暑日に耐える本州とは違い快適な日々を送っています。
でも、それは函館だけかもしれないので広い道内では大雨の被害に遭われた方もいることでしょうし、何よりも大好きな東北が大雨により被害が甚大になっていることに心配で憂います。
さて、5月の旅の13回目は前回少しだけ紹介した宮城県南三陸町の町役場防災庁舎から。
津波に襲われた階段が酷いことになっています。

津波が押し寄せた時に、庁舎には30名の職員がいました。しかし無事が確認されたのは僅かに8人のみ。その8人は、3階屋上のフェンスやアンテナにしがみついてかろうじて助かったのです。

今も残る屋上のアンテナ。そこまで津波は襲ってきたのです。南三陸町の津波による死者数は566名。行方不明者も大勢します。
「まさか、3階建て庁舎屋上を2mも上回るとんでもない津波が襲ってくるとは!」と誰もが思っていたのでしょう。ところが、屋上に避難していた役場職員を、津波は押し流していったのです。

この日は、たまたまか何処かの自治体の職員や議員たちが視察に来ていて、盛んにカメラに収めたり観察してしていました。やはり、震災遺構として語り継ぐために残しておくべきだと思います。
岩手県大槌町の町役場は「思い出したくない」との意見があり、解体され今は何も残っていませんが、震災を知らない子供たちに伝えるためにも、絶対残しておくべき、と部外者の私の意見ですが・・・。

震災後に造成された震災復興祈念公園は町役場庁舎よりも高い地です。かさ上げして造られたのですね。避難場所として前回に紹介した丘にある高校校舎が矢印で示されていますが、840mも歩くのです。お年寄りだと20分はかかるのでは?と少し心配になります。

最後に、ここでは道の駅のとなりに建てられた建築家の隈研吾さん設計の展示館を見学。

津波の被害などを紹介している資料館で、とても勉強になりました。
次回はさらに北へ。宮城県最北端の町、気仙沼市の大谷金山跡を訪ね資料館を見学します。
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