9月19日木曜日、天気は今日も快晴で、最高気温は28℃まで上昇し暑い残暑の日になっています。それでも湿度は低く、最低気温は16℃と朝夕はめっきりと冷え込んできて、秋の季節を感じています。
さて、函館の歴史上の人物は誰か?縄文時代前期からの5000年以上の長い歴史の中で、特に函館がと歴史に登場するのは幕末から明治・大正にかけての頃。
特に幕末から明治維新にかけての戊辰戦争最後の戦いとなった箱館戦争でしょう。その中でも、ここ五稜郭の奉行所を舞台に立て籠もった旧幕府軍の連中の中で、総裁の榎本武揚と新選組副局長の土方歳三は双璧で、ダブルヒーローですが、やっぱり戦いの最中に戦死した土方は特別です。

箱館生まれではないけど(江戸は日野の豪農の出)、35歳の若さでここで戦死。もっとも彼の遺体はなく、だからこそ生きているのでは?との伝説もあって、アニメ「ゴールデンタイム」では日露戦争(1904~1905)後に、とうに70歳を過ぎた土方が登場するのです。

それも網走刑務所で服役・脱走して、北海道独立のためにアイヌの隠し金塊を狙うのだからすごい!
全31巻の中で、3巻と14巻では表紙を飾っています。70歳を過ぎても戦うのがお好きらしい。

若かりし頃の土方歳三。左は箱館在住のカメラマン田本研造。


左に不死身の杉本佐一とアイヌの少女アシリパ。

70歳をとうに超えた土方もカッコよかった‼️

鬼の副長と云われた土方ですが、唯一残っている写真がイケメンだったことからか?局長の近藤勇よりは人気が高い。それよりも、戦いを求めて北へ、北へと逃げ延びてきたことも人気なのかもしれない。
彼の死に場所だった一本木関門のある若松町の公園には、何時でも花束が添えられているし、箱館戦争で戦士した旧幕府軍の戦士たちの墓である「碧血碑」にお参りする人は多いのです。

彼が向かったさらに北の方向を見ます。一番低いところが道路の峠で、ここを越えると大沼へ。さらに北の森町鷲ノ木は、彼らが北海道で最初の上陸地点。

ズームすると、いつも行く函館中央図書館が見えます。

展望台の内側には函館の歴史が学習できます。特に幕末の頃が詳しい。

ミニチュアのフィギュアの奥には、その場面の説明があって理解しやすい。

この日は下北半島だけではなく、津軽半島もバッチリ見えていて、写真では分かりづらいけど、津軽富士の名を持つ岩木山(1624.7m)も見えていたのです。
コニーデ型火山で、富士山型。冬になると空気が澄んでいるから何度も見えるけど、暑い9月に見えるのはよっぽど天気が良い証拠です。


展望台には、一部ガラス張りの床があって、90m真下の光景が見えます。高所恐怖症の人はこわいでしょうね。実際、中国語を話す御婦人連中の中で、怖がって近づけない人もいましたから。怖いからって、ギャーギャー喚くことはないと思うのですが。ホントにうるさい!

これもズーム。結構、違法駐車している車がいますね。有料駐車場を使えば良いのに、道路に停めるから渋滞が起こるのです。

最後に、もう一度五稜郭の全体像を見ましょう。

やっぱり形の良い城です。ホントは手前の三角形の部分が、残り4つにも出来るはずだったのですが。
ということで、16日の敬老の日に五稜郭タワー展望台へのチケットが無料になったので行ってきたのでした。
では、また次回にお会いしましょう。
← ランキングに参加。よろしかったら応援クリックお願いします。
さて、函館の歴史上の人物は誰か?縄文時代前期からの5000年以上の長い歴史の中で、特に函館がと歴史に登場するのは幕末から明治・大正にかけての頃。
特に幕末から明治維新にかけての戊辰戦争最後の戦いとなった箱館戦争でしょう。その中でも、ここ五稜郭の奉行所を舞台に立て籠もった旧幕府軍の連中の中で、総裁の榎本武揚と新選組副局長の土方歳三は双璧で、ダブルヒーローですが、やっぱり戦いの最中に戦死した土方は特別です。

箱館生まれではないけど(江戸は日野の豪農の出)、35歳の若さでここで戦死。もっとも彼の遺体はなく、だからこそ生きているのでは?との伝説もあって、アニメ「ゴールデンタイム」では日露戦争(1904~1905)後に、とうに70歳を過ぎた土方が登場するのです。

それも網走刑務所で服役・脱走して、北海道独立のためにアイヌの隠し金塊を狙うのだからすごい!
全31巻の中で、3巻と14巻では表紙を飾っています。70歳を過ぎても戦うのがお好きらしい。

若かりし頃の土方歳三。左は箱館在住のカメラマン田本研造。


左に不死身の杉本佐一とアイヌの少女アシリパ。

70歳をとうに超えた土方もカッコよかった‼️

鬼の副長と云われた土方ですが、唯一残っている写真がイケメンだったことからか?局長の近藤勇よりは人気が高い。それよりも、戦いを求めて北へ、北へと逃げ延びてきたことも人気なのかもしれない。
彼の死に場所だった一本木関門のある若松町の公園には、何時でも花束が添えられているし、箱館戦争で戦士した旧幕府軍の戦士たちの墓である「碧血碑」にお参りする人は多いのです。

彼が向かったさらに北の方向を見ます。一番低いところが道路の峠で、ここを越えると大沼へ。さらに北の森町鷲ノ木は、彼らが北海道で最初の上陸地点。

ズームすると、いつも行く函館中央図書館が見えます。

展望台の内側には函館の歴史が学習できます。特に幕末の頃が詳しい。

ミニチュアのフィギュアの奥には、その場面の説明があって理解しやすい。

この日は下北半島だけではなく、津軽半島もバッチリ見えていて、写真では分かりづらいけど、津軽富士の名を持つ岩木山(1624.7m)も見えていたのです。
コニーデ型火山で、富士山型。冬になると空気が澄んでいるから何度も見えるけど、暑い9月に見えるのはよっぽど天気が良い証拠です。


展望台には、一部ガラス張りの床があって、90m真下の光景が見えます。高所恐怖症の人はこわいでしょうね。実際、中国語を話す御婦人連中の中で、怖がって近づけない人もいましたから。怖いからって、ギャーギャー喚くことはないと思うのですが。ホントにうるさい!

これもズーム。結構、違法駐車している車がいますね。有料駐車場を使えば良いのに、道路に停めるから渋滞が起こるのです。

最後に、もう一度五稜郭の全体像を見ましょう。

やっぱり形の良い城です。ホントは手前の三角形の部分が、残り4つにも出来るはずだったのですが。
ということで、16日の敬老の日に五稜郭タワー展望台へのチケットが無料になったので行ってきたのでした。
では、また次回にお会いしましょう。
← ランキングに参加。よろしかったら応援クリックお願いします。
コメント