2月26日水曜日、天気は曇り時々晴れ、時には吹雪混じりの天気で、パッとしない空模様だから昨日の快晴の日に出かけていて良かった!と。やっぱり、外出は晴れてないとつまらないですよね。

89年前の今日は「2.26事件」があった日で、戦争への道を突き進んでいた出来事があったのです。日本は戦争がいかに愚かなことか!ということが国民ほとんどの人々が理解していますが、世界では各地で戦争が繰り広げられていて、多くの市民が殺されています。ウクライナで、ガザで、いつも亡くなるのは弱い子供たちや女性、高齢者などです。
良い戦争なんてないし、戦争は絶対起こしてはならない!これは先の戦争を体験した日本の先人たちが訴え続けてきたことです。平和が永遠に続きますように!と祈るばかりです。

さて、函館港巡りの第2回目は函館のお土産物を販売する「西波止場」から。函館のお土産とは何か?それは、まず第1に海産物ですね。例えば「イカの塩辛」とか数の子や昆布などの「松前漬」を始め数多くあります。それ以外に乳製品を主としたスイーツ類も豊富で、スナッフルズの「チーズオムレット」は大人気です。日本で最初に開国(1854年)した地から洋食関係のものも豊富で、日本最初の洋食屋さんと云われる「五島軒」の缶詰カレーとかは有名だし、トラピスト修道院クッキー、バター飴とか。
そのうち、お土産も紹介出来ればいいな!と思っています。
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開国と云えば、ペリーが来航し日米和親条約が締結されて伊豆の下田と並んで、箱館が開港して多くの外国人が箱館に住み始めます。当時の箱館は海外の情報を得る最先端の地となったのです。
開港してから10年後の1864年、幕府は日本人が海外へ渡るのは死罪としていましたが、中には海外見聞をしたい!と強く願う若者がいました。その中の一人、後に同志社大学を創立することになる新島襄は禁を犯して沖合に停泊していたアメリカ商船のベルリン号へ密航したのです。
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この沖合には多くの海外からの船が停泊していて、函館山山麓の西部地区には外国人が大勢やって来て住み着いていました。
1843年現在の群馬県の安中藩の下級武士の子として誕生した新島襄は、少年時代にアメリカの地図を見て海外への興味を持ちます。蘭学を学び英語も覚えて箱館へとやって来ます。
そして、6月14日夜、小舟でアメリカ船へと渡ったのです。
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明治時代は大型船が停泊できる岸壁がなく、ここから沖合にまで小舟で漕ぎ出して乗り込んだそうです。ここは当時の東浜桟橋。161年前、新島襄も同じ光景を見て海外へ夢を賭けたのでしょうね。
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青森からの連絡船に乗り込むのも、ここから小舟で乗り付けたというから、昔はこの辺は浅瀬だったのでしょうね。ペリーは函館港を天然の良港といったけど、江戸時代の箱館港は漁業を営む人々が住む寒村だったし、せいぜい沖合漁業の小さな舟が停泊する程度の漁港しかなかったのではないでしょうか?
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青函トンネルが出来る前まで就航していた青函連絡船摩周丸が、今も記念館として固定されています。中央部の桟橋は大型クルーズ船が停泊できる若松埠頭岸壁。新聞では、今年は過去最高の80隻以上の大型クルーズ船が函館港へやって来るとか。
海外からの多く富裕層の観光客がやって来て、たくさんたくさんお金を函館へ落として行ってもらいたいものです!
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白熊のようなオブジェがありますね。「北海道第一歩の地」とあります。
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函館は北海道の入り口として、ここが第一歩を踏みしめる場だったのです。本州、青森から船で渡って来た人は、ここで上陸!したのですね。
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白熊は北海道にいないけど、どうして白なのか?ヒグマなら茶色か黒色なはず。なぜ、シロクマ?
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となりは海上自衛隊の基地。さすがは、北海道の玄関口だから海の番人。
もちろん玄関だけで、中には入れません。警備している方がいますから。
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護衛艦「はまゆき」の碇⚓が展示してます。フェンスの上に刺々しい有刺鉄線がありますが、誰も自衛隊の基地の中へ侵入しようとする人はいないでしょう。それとも物騒な世の中だから、用心のために警戒厳重にしないといけないのかな?
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ここは幕末の1859年運上所が設置された地。運上所とは今は税関のこと。海外と取引をするチェック機関でしょう。トランプ大統領の大好きな言葉の関税を徴収するところでもあったのかな?
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 開港時は、入港する海外の船は商船30隻、捕鯨船21隻、軍艦13隻の計64隻。貿易では輸入はなく輸出は中国向けの昆布、スルメ、干アワビなど海産物が主だったとか。
これらを読むと、箱館の歴史を知る良い学習になりますね。勉強になりました。

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次回は、函館山を少し登って函館港が見渡せる地へと向かいます。

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしております。