3月8日土曜日、天気は晴れで市内の積雪はゼロが続いていて日中は春のような天気でした。市内では自転車で走る人たちもいて、自分もそろそろ物置から出そうかな?明日晴れれば、久しぶりに自転車を整備してちょこっとサイクリングも良いかも?
さて、緑の島をぐるっと回っています。ここは入り口から半分くらい来たところです。
元青函連絡船の摩周丸が左側に見えていて、高いビルのほとんどはホテル群。橋みたいなののは湾岸道路の架橋です。

引いて見ると、左に五稜郭タワーも見えていますね。函館駅周辺からは直線距離にしておよそ3㎞ほどの地にあります。現在の繁華街はかつての駅前よりも五稜郭地区に変わって来ていて、老舗のデパート(棒二森屋デパート)が撤退した今函館駅前周辺が廃れて来ているのです。

フェンスの外を見たら、カモのような鳥の集団が上空から落下して海に潜り、10秒後ほどして浮かび上がりました。この海鳥、何でしょうか?調べてみたら「バン」という鳥に似ていたけど、自信がない。それとも、「クロカモ」でしょうか?

潮の流れに沿ってか、流れていきます。その数20羽ほど。

あっという間に遠ざかる。空を見上げていたら、一気に落下して海の中へ、そして10秒間ほど魚をあさっていたのか、浮かび上がると波に浮かんだまま過ぎて行きました。

函館どつくも、よくぞ倒産しないで持ちこたえたこと。一時期は潰れるんじゃないか、という危惧もあって函館の経済が最悪の事態になることも予想されましたが、何とか営業中です。
かつては従業員3000人を超え、関連会社を含めると10000人以上働いていた「函館ドック」。現在は経営母体は地元資本ではなく他の会社の経営下にあり、従業員700人以下となったけど、倒産せずに維持して欲しいです。

緑の島の向井の岸壁付近に箱館丸の原寸大レプリカが展示しています。56トンの箱館丸は幕末に建造された洋式船で、船大工の続豊治(つづき とよじ)が1857年に完成させました。
こんな小さな船でも、江戸時代末期には日本一周の航海をしていたのだから驚きですよ。
奥に見える高台にある校舎は、廃校となった西中学校。その奥には寺町のお寺群。

ヨットハーバーはあちこちにあって、函館はヨットの盛んな地なんでしょうね。

よーく見ると、函館山中腹に民家が建てられているんですね。あんなところまで、歩いて行くとしたら厳しいし、特に冬は道が凍結しているから大変じゃないだろうか?

ズームすると分かりますね。かなり急傾斜の坂道を登らなければいけないです。冬場だっから、道路はアイスバーンになって、車も登れないのでは?
見晴らしは良いし夏の花火大会は一等席だけど、暮らすのは大変です。

自分が働いていた30年以上前のことです。西部地区の高台の一番上に家がある地に、ある事情で家庭訪問したことがありました。その生徒はおばあさんと二人暮らし。親は二人とも出て行ったとか。その子はおばあちゃんのために下まで降りて買い物をしていたが、ある時無免許で原付に乗りパトカーに補導されて、担任の私が引き取りに言った覚えがあります。あのような坂道を毎日降りて、登ってを繰り返すのはキツイな!と記憶したことは覚えています。坂道にある家は、厳しいです。

次回は、函館山の少し裏側へと向かいます。
では、また次回にお会いしましょう。
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さて、緑の島をぐるっと回っています。ここは入り口から半分くらい来たところです。
元青函連絡船の摩周丸が左側に見えていて、高いビルのほとんどはホテル群。橋みたいなののは湾岸道路の架橋です。

引いて見ると、左に五稜郭タワーも見えていますね。函館駅周辺からは直線距離にしておよそ3㎞ほどの地にあります。現在の繁華街はかつての駅前よりも五稜郭地区に変わって来ていて、老舗のデパート(棒二森屋デパート)が撤退した今函館駅前周辺が廃れて来ているのです。

フェンスの外を見たら、カモのような鳥の集団が上空から落下して海に潜り、10秒後ほどして浮かび上がりました。この海鳥、何でしょうか?調べてみたら「バン」という鳥に似ていたけど、自信がない。それとも、「クロカモ」でしょうか?

潮の流れに沿ってか、流れていきます。その数20羽ほど。

あっという間に遠ざかる。空を見上げていたら、一気に落下して海の中へ、そして10秒間ほど魚をあさっていたのか、浮かび上がると波に浮かんだまま過ぎて行きました。

函館どつくも、よくぞ倒産しないで持ちこたえたこと。一時期は潰れるんじゃないか、という危惧もあって函館の経済が最悪の事態になることも予想されましたが、何とか営業中です。
かつては従業員3000人を超え、関連会社を含めると10000人以上働いていた「函館ドック」。現在は経営母体は地元資本ではなく他の会社の経営下にあり、従業員700人以下となったけど、倒産せずに維持して欲しいです。

緑の島の向井の岸壁付近に箱館丸の原寸大レプリカが展示しています。56トンの箱館丸は幕末に建造された洋式船で、船大工の続豊治(つづき とよじ)が1857年に完成させました。
こんな小さな船でも、江戸時代末期には日本一周の航海をしていたのだから驚きですよ。
奥に見える高台にある校舎は、廃校となった西中学校。その奥には寺町のお寺群。

ヨットハーバーはあちこちにあって、函館はヨットの盛んな地なんでしょうね。

よーく見ると、函館山中腹に民家が建てられているんですね。あんなところまで、歩いて行くとしたら厳しいし、特に冬は道が凍結しているから大変じゃないだろうか?

ズームすると分かりますね。かなり急傾斜の坂道を登らなければいけないです。冬場だっから、道路はアイスバーンになって、車も登れないのでは?
見晴らしは良いし夏の花火大会は一等席だけど、暮らすのは大変です。

自分が働いていた30年以上前のことです。西部地区の高台の一番上に家がある地に、ある事情で家庭訪問したことがありました。その生徒はおばあさんと二人暮らし。親は二人とも出て行ったとか。その子はおばあちゃんのために下まで降りて買い物をしていたが、ある時無免許で原付に乗りパトカーに補導されて、担任の私が引き取りに言った覚えがあります。あのような坂道を毎日降りて、登ってを繰り返すのはキツイな!と記憶したことは覚えています。坂道にある家は、厳しいです。

次回は、函館山の少し裏側へと向かいます。
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