5月29日木曜日、天気は快晴で最高気温は21℃と初夏らしく、暑くもなく寒くもなく暖かい日で、上着要らずの過ごしやすい1日でした。今月は例年と同じく晴れの日が多くて、それは我が家の太陽光発電でもその数字を見れば分かります。4月が例年の7割程度だったのに対し、今月はいつも通りに1000kwを越える発電をしたから、晴れの日が多かったことを証明しています。
5月と6月は北海道を旅するには最高の季節!いろいろな花々も咲くし、夏至が6月22日にあることから日照時間も長いし、本州と違って梅雨もないから雨も少なく旅するには最適なシーズンなのです。
さて、ここは新潟県南魚沼市塩沢にある鈴木牧之(すずき ぼくし)記念館。
群馬県から三国峠を越えて、とうとう新潟県へとやって来ました。

入館料は250円。記念館の前に「ふれあい広場」の名の無料駐車場があります。
鈴木牧之(1770~1842)とは何者か?
彼は江戸時代の越後の商人、かつ随筆家にして文人。江戸時代後期に出版された彼の随筆「北越雪譜(ほくえつ せっぷ)」はベストセラーにもなった本です。

若い時分に江戸へ出た時、江戸の人々があまりにも雪国のことを知らなすぎるのにショックを受けて、越後の雪、雪国に暮らす様子、越後縮(えちご ちじみ)、越後の不思議、自然、生き物、祭りなどを紹介する全25話、挿絵55図の本を出版した人物です。

さらには秘境秋山郷を旅して描いた「秋山記行」など、彼は郷土の文人でもあるのです。
ただ、本を出版するまで40年の歳月を費やしました。江戸の絵師である十返舎一九(1765~1831)の力を借りて、江戸の出版元から発行したのです。

地方の伝説を興味本位に書いたものではなく、雪崩や吹雪の話のように生々しいまでの雪の恐ろしさや、雪のない地方の人には実感しにくい雪国の本当の姿を現しているのです。

日本史の教科書にも登場する人物で、越後の人であることは知っていましたが、詳しくは知らず。
ここで彼のことを詳しく学び、改めて知った次第でした。


表通りに出てみます。雪はすべて除雪されていますが、裏に行くとものすごい残雪。さすがは雪国!この通りは牧之通り。文字通り、鈴木牧之の名から来ています。

冬、雪を避ける雁木があるので通行も出来ます。雪国のアーケードです。日本海側の町によく見かけるものです。

詳しくは、4月9日のblogを見ていただければその雪の量に驚くでしょう。何せ、公園の水道の半分以上が雪で隠れていたのですから。4月9日でですよ!

彼は、雪の結晶までこのように表していたんですね。

ここは江戸時代は塩沢宿として、三国街道の宿場町でした。そして現在ではこの通りは、2011年に日本都市景観賞を受賞、2015年にはアジア都市景観賞も受賞した通りなのです。

釣具店の名前がすずきとありますが、その奥にはすずき酒店の名も。生家もあります。

鈴木牧之翁生家のシャッターには、かんじき、今風に言えばスノーシューの絵。

群馬との国境の越後山脈には深い残雪が見えています。峠越えは道路こそ雪はなかったけど、朝夕は凍結する恐れがあり、冬タイヤで来てよかったです。道路を走る車はすべて冬タイヤを履いていましたから。


郵便局も宿場町風。


最後に、自分の名前があるお店をパチリ。大野屋は何のお店だったか?もう忘れてしまいました。

この日は、三条市下田まで行き道の駅「漢学の里しただ」で車中泊。翌日は福島県との県境付近へ行き、「狐の嫁入り屋敷」を見てきます。
では、また次回にお会いできるのを楽しみにしております。
← ランキングに参加。よろしかったら応援クリックお願いします。
5月と6月は北海道を旅するには最高の季節!いろいろな花々も咲くし、夏至が6月22日にあることから日照時間も長いし、本州と違って梅雨もないから雨も少なく旅するには最適なシーズンなのです。
さて、ここは新潟県南魚沼市塩沢にある鈴木牧之(すずき ぼくし)記念館。
群馬県から三国峠を越えて、とうとう新潟県へとやって来ました。

入館料は250円。記念館の前に「ふれあい広場」の名の無料駐車場があります。
鈴木牧之(1770~1842)とは何者か?
彼は江戸時代の越後の商人、かつ随筆家にして文人。江戸時代後期に出版された彼の随筆「北越雪譜(ほくえつ せっぷ)」はベストセラーにもなった本です。

若い時分に江戸へ出た時、江戸の人々があまりにも雪国のことを知らなすぎるのにショックを受けて、越後の雪、雪国に暮らす様子、越後縮(えちご ちじみ)、越後の不思議、自然、生き物、祭りなどを紹介する全25話、挿絵55図の本を出版した人物です。

さらには秘境秋山郷を旅して描いた「秋山記行」など、彼は郷土の文人でもあるのです。
ただ、本を出版するまで40年の歳月を費やしました。江戸の絵師である十返舎一九(1765~1831)の力を借りて、江戸の出版元から発行したのです。

地方の伝説を興味本位に書いたものではなく、雪崩や吹雪の話のように生々しいまでの雪の恐ろしさや、雪のない地方の人には実感しにくい雪国の本当の姿を現しているのです。

日本史の教科書にも登場する人物で、越後の人であることは知っていましたが、詳しくは知らず。
ここで彼のことを詳しく学び、改めて知った次第でした。


表通りに出てみます。雪はすべて除雪されていますが、裏に行くとものすごい残雪。さすがは雪国!この通りは牧之通り。文字通り、鈴木牧之の名から来ています。

冬、雪を避ける雁木があるので通行も出来ます。雪国のアーケードです。日本海側の町によく見かけるものです。

詳しくは、4月9日のblogを見ていただければその雪の量に驚くでしょう。何せ、公園の水道の半分以上が雪で隠れていたのですから。4月9日でですよ!

彼は、雪の結晶までこのように表していたんですね。

ここは江戸時代は塩沢宿として、三国街道の宿場町でした。そして現在ではこの通りは、2011年に日本都市景観賞を受賞、2015年にはアジア都市景観賞も受賞した通りなのです。

釣具店の名前がすずきとありますが、その奥にはすずき酒店の名も。生家もあります。

鈴木牧之翁生家のシャッターには、かんじき、今風に言えばスノーシューの絵。

群馬との国境の越後山脈には深い残雪が見えています。峠越えは道路こそ雪はなかったけど、朝夕は凍結する恐れがあり、冬タイヤで来てよかったです。道路を走る車はすべて冬タイヤを履いていましたから。


郵便局も宿場町風。


最後に、自分の名前があるお店をパチリ。大野屋は何のお店だったか?もう忘れてしまいました。

この日は、三条市下田まで行き道の駅「漢学の里しただ」で車中泊。翌日は福島県との県境付近へ行き、「狐の嫁入り屋敷」を見てきます。
では、また次回にお会いできるのを楽しみにしております。
← ランキングに参加。よろしかったら応援クリックお願いします。
コメント