9月11日木曜日、天気は晴れで最低気温は26℃と秋晴れの1日となっています。朝夕は涼しく最低気温は19℃。日中は畑を耕して汗を流していて、二度目の収穫を目指す二毛作に挑みます。トウモロコシとジャガイモ畑だった土地を、秋には野菜各種(ベビーリーフ、小松菜などの葉物類)の種をまいて11月初めには収穫しようと!の作戦で、今年は暑いから11月までに育つことでしょう。

さて、ここはかつて根室本線の幾寅駅があった駅舎内です。「鹿越駅」のように描かれていますが、ここは幾寅駅ですよ。6つの駅が廃止に対象になったんですね。いずれも南富良野町内で、他に富良野市の駅もいくつか廃止されています。
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廃止された駅の写真と説明がありますが、幾寅駅は右から2つ目。鹿越駅は、かつて鹿越仮乗降場として存在しましたが、他の駅よりもいち早く1986年(昭和61年)に廃止されています。だから、黒く描かれ駅舎の写真もないのですが、調べてみたらダム湖の金山湖に沈んだのでした。ダム建設に伴って鹿越駅は消滅したんですね。
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昨日も紹介したように、ここは1999年に製作された映画「鉄道員(ぽっぽや)」のロケ地となった駅であす。当時ことはビデオで鑑賞することが出来ます。駅舎内は当時のまま保存していて、地元の皆さんがどれだけ大事にしているかが分かるのです。
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主演は高倉健さん、その妻が大竹しのぶさん、それと広末涼子さんも。
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健さんは大好きな俳優でした。私の大学の大先輩でもあるし、血液型もB型で同じ。身長は彼の方がずっと高いですが。
作品としては彼の後半に作られた映画の「ブラックレイン」、「幸せの黄色いハンカチ」、「駅ステーション」、「八甲田山」、「遥かなる山の呼び声」、「野生の証明」、「ホタル」、「あなたへ」などが好きです。前半の作品であるヤクザ映画や任侠ものなどは私がまだ幼い頃のものであるし、暴力的なシーンが多くて好きにはなれず、唯一「飢餓海峡」だけは何度も見て好きになっています。
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雪深い冬の駅を舞台にして、近くには炭鉱もあって志村けんさんが炭鉱マンとして登場していましたね。上の写真で、喧嘩シーンが印象的。彼はコロナの時期の2020年3月に有名人としては最初に亡くなって、国民皆が恐怖にかられましたよね。
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健さんは、1931年(昭和6年)2月16日、筑豊炭田のある福岡県中間市の裕福な家で誕生しています。180cmの高身長だった健さんは、幼少期は虚弱体質だったとは意外です。戦後の中学生の時期にはボクシングに打ち込みボクシング部を作ったり、高校(福岡県立東築高校)ではESS部を創設して英語力に磨きをかけたとか。これも意外でした。その後は明治大学商学部へ進学、大学では相撲部のマネージャーをしていたとか。
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道内には健さんの作品の舞台はいくつもあって、例えば旧増毛駅は「駅ステーション」のロケ地として建物は保存されていますね。中標津町には「遥かなる山の呼び声」の建物が残っています。何より、「網走番外地シリーズ」では、本物の刑務所もあるし旧刑務所は博物館として見学出来ますからね。
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2014年(平成26年)11月10日に83歳で亡くなりました。地元の皆さんが愛してやまない健さん、たくさんの映画作品に主演してくださり、ほんとうにありがとうございました。
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花は毎日添えられていて、ファンとしてはうれしい限りです。地元の皆さんに感謝です。
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 ということで、幾寅駅で健さんに出会えてうれしかったのでした。

次回は、湖底に沈んだ旧駅鹿越駅のあったダム湖「金山湖」へと向かいます。

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしております。

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