11月3日月曜日、文化の日で祝日。天気は晴れで最高気温は13℃。しかし、10月上旬まで暑かった夏の残りはすっかりと消え去り、秋は素通りして初冬の天気となってしまいました。
車は冬タイヤへ、服装も夏服は収納して冬服へ、そして食べるものも鍋など暖かいものへと、あっという間に冬の季節と。そういえば今回の秋の旅でも、スタートして一週間は残暑が続き寝袋は全開してタオルケット風に使用して手足を出して寝ていたけど、後半は一転して寒くなり寝袋の二枚重ねで凌いで寝ていたほど。それだけ10月は季節が急速に変化したのです。
さて、ここは能登半島の最北東端にある禄剛埼(ろくごうさき)灯台で、県道28号線を北上して道の駅「狼煙(のろし)」の駐車場から急な険しい坂道を歩いて10分の地点です。ここも珠洲市で地名は狼煙町。

前回の旧珠洲駅があった道の駅「すずなり」から北へ15㎞ほど走った地点です。灯台は日本海を照らす大事な役割を果たしていますが、残念なことにこの時点では工事中でした。この日はちょうど工事関係者が仕事を終えているところで、今後もしばらく続くみたいな感じでした。

ここの道の駅「狼煙」は地震の被害がそれほど見えず、ここで車中泊すれば良かったのに、時間が午後4時だったので「もう少し先まで行けるはず」と欲張ってさらに車を進めたのが不味く、先にある道の駅「すず塩田村」や同じく「千枚田ポケットパーク」は2つとも工事関係車両が多く駐車しているし、さらに地震の影響で土地が傾斜していてフラットではなく、とても車中泊出来る地ではなかったのです。
その結果、暗くなるまで走りさらに先の道の駅「輪島」まで走り、やっとこさ寝れたのでした。
教訓「のんびり走ろう!能登路」、焦って走るとロクなことはない!と。

東京までは直線距離で302㎞なんですね。ウラジオストクは日本海を挟み772㎞。

その日本海を見ると、波はそれほどなく穏やかそのもの。水平線が見えていて遮るものは全くなし。
でも、下に見える岩盤は隆起したものだろうか?能登半島北海岸では地震で土地が隆起して、漁港が使えなくなっている地がいくつもあるというから、ここもそうなのだろうか?

いろんな石碑があったけど、覚えてなくこれも分からず。

日本列島ここが中心、という石碑。上の地図を見たら。

確かに、ここから円を描くと列島の真ん中であることが分かりますね。
でも地図を見ると、長野県の山間部からコンパスで描くと本当の中心地のような気がしないでもないけど。

帰りに、何か意味不明のオブジェ発見!何だろう?

ということで、せっかく珠洲市の道の駅「狼煙」まで来たのに、ここで泊まらず先へ急いだのが後々大変な目に遭ってしまったのでした。
焦ることはダメ!急がずのんびりと旅すべき!肝に銘じます。
この日は夜中になって到着した道の駅「輪島」で車中泊。輪島市の中心地で土地も傾斜していて寝るのに苦労したことを覚えているし、道の駅のトイレを利用する人たちで夜中も騒々しかったこと、夜は8時過ぎまで女子高校生の甲高い声が響いていたことも記憶しています。
次回は、翌日に訪れたあるお寺を紹介いたします。
では、また次回にお会いできるのを楽しみにしております。
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車は冬タイヤへ、服装も夏服は収納して冬服へ、そして食べるものも鍋など暖かいものへと、あっという間に冬の季節と。そういえば今回の秋の旅でも、スタートして一週間は残暑が続き寝袋は全開してタオルケット風に使用して手足を出して寝ていたけど、後半は一転して寒くなり寝袋の二枚重ねで凌いで寝ていたほど。それだけ10月は季節が急速に変化したのです。
さて、ここは能登半島の最北東端にある禄剛埼(ろくごうさき)灯台で、県道28号線を北上して道の駅「狼煙(のろし)」の駐車場から急な険しい坂道を歩いて10分の地点です。ここも珠洲市で地名は狼煙町。

前回の旧珠洲駅があった道の駅「すずなり」から北へ15㎞ほど走った地点です。灯台は日本海を照らす大事な役割を果たしていますが、残念なことにこの時点では工事中でした。この日はちょうど工事関係者が仕事を終えているところで、今後もしばらく続くみたいな感じでした。

ここの道の駅「狼煙」は地震の被害がそれほど見えず、ここで車中泊すれば良かったのに、時間が午後4時だったので「もう少し先まで行けるはず」と欲張ってさらに車を進めたのが不味く、先にある道の駅「すず塩田村」や同じく「千枚田ポケットパーク」は2つとも工事関係車両が多く駐車しているし、さらに地震の影響で土地が傾斜していてフラットではなく、とても車中泊出来る地ではなかったのです。
その結果、暗くなるまで走りさらに先の道の駅「輪島」まで走り、やっとこさ寝れたのでした。
教訓「のんびり走ろう!能登路」、焦って走るとロクなことはない!と。

東京までは直線距離で302㎞なんですね。ウラジオストクは日本海を挟み772㎞。

その日本海を見ると、波はそれほどなく穏やかそのもの。水平線が見えていて遮るものは全くなし。
でも、下に見える岩盤は隆起したものだろうか?能登半島北海岸では地震で土地が隆起して、漁港が使えなくなっている地がいくつもあるというから、ここもそうなのだろうか?

いろんな石碑があったけど、覚えてなくこれも分からず。

日本列島ここが中心、という石碑。上の地図を見たら。

確かに、ここから円を描くと列島の真ん中であることが分かりますね。
でも地図を見ると、長野県の山間部からコンパスで描くと本当の中心地のような気がしないでもないけど。

帰りに、何か意味不明のオブジェ発見!何だろう?

ということで、せっかく珠洲市の道の駅「狼煙」まで来たのに、ここで泊まらず先へ急いだのが後々大変な目に遭ってしまったのでした。
焦ることはダメ!急がずのんびりと旅すべき!肝に銘じます。
この日は夜中になって到着した道の駅「輪島」で車中泊。輪島市の中心地で土地も傾斜していて寝るのに苦労したことを覚えているし、道の駅のトイレを利用する人たちで夜中も騒々しかったこと、夜は8時過ぎまで女子高校生の甲高い声が響いていたことも記憶しています。
次回は、翌日に訪れたあるお寺を紹介いたします。
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